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心の中で婚約者を殺してでも  作者: 高瀬海之


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3/3

3、心の中で婚約者を殺したら
















 あの日……ずっと保留にされてたお義姉様の婚約が整って、他国へ、もう姿も見られない場所へ行ってしまうことを知らされた日。

 私の何処かが、壊れた。



『カリナ』



 女性にしては少し低い声で、尊大に、でも限りなく優しく私を呼ぶ声がもう聞けない。

 もう二度と。

 彼女と二人。礼儀も何も置き去りにした、あけすけな会話のお茶会を開くことも出来ない。


 ……耐えられない、と思った。


 お義姉様がいない世界で一人になった自分を想像するだけで、踏みしめている地面が崩れていくような恐怖がこみ上げてくる。

 こんなにも彼女の存在に救われていたと知って。

 お義姉様と過ごした思い出が溢れて止まらなくて。

 涙が視界を滲ませた。


 公の場所で貴女をお義姉様と呼ぶ日を、ずっとずっと待ってた。


『ねぇ、お義姉様』

『やめろ、恥ずかしい』

『あら、いづれそうお呼びすることになるのに』

『呼ばれる前に私は降嫁して王族じゃなくなる』

『なら、尚更呼べる間に呼んでおかなきゃ、ねぇ、お義姉様』

『……勝手にしろ』


 甘えたふりをしたら、心底面倒くさそうに、嫌そうな顔で、でも許可をくれた、優しいお義姉様。

 なのに……もう呼べない。

 あの日々は帰らない。

 寄る辺を失う淋しさに激しく胸が痛んで、俯きそうになる。




 でも、目の前のお義姉様は、もっともっと辛そうな顔をしていた。




 自身も痛みを抱えているように、眉間に皺を刻んで唇を一文字に引き結んで、腿の上で重ねた手は、白くなる程強く握りしめられている。


 ……ああ、この人は、自身が見知らぬ土地へ嫁ぐことよりも。

 私を残して行くことが辛いと思っている。


 気付いたら、無闇に泣くことなんて出来なかった。

 泣いたら、嫌だと縋ったら、……お義姉様が困る。

 自身のことより、残していく私を心配してくれるこの人を煩わせたくなかった。

 これまで誰よりも私に心を砕いてくれたお義姉様。

 笑って送り出せなかったら、この人はずっと悔やむ。

 自分を責めながら暮らすことになるだろう。

 ただでさえ急に決まった縁談。準備期間も短く、心の準備もままならないで、慣れ親しんだ祖国から、言葉が通じるだけの異国へ行くのに……いらぬ心労まで持って行かせはしない。


 深く呼吸して、淑女として学んだすべてで、自分を立て直す。そして立ち上がって、頭を下げた。

 声が震えないよう腹筋に力を込めて、でも顔を見ては決して言えない言祝ぎ。

 所作は完璧だった、でも、まだ、上手くは笑えない。

 だが、お義姉様の憂いは必ず拭って見せよう。




 だから私は、婚約者に見切りをつけた。




 これまでは何処か甘えがあった。

 いつか、判り合えるかもしれない。

 この声を聞き届けてくれる日が来るかもしれない。

 期待を持っていた。


 でも、もうやめる。


 期待するから裏切られるのだ。

 最初からないものと思えば諦めが付く。




 だから私は、心の中で婚約者を殺した。




 彼は私のために何もしないのではなく、出来ない。

 死んでいるから仕方ない。


 暗示をかけるように強く強く思い込んで、ふと心を過る願望を押さえ込んだ。


 例えば、誰かから婚約者がらみで嫌がらせを受けて抗議したら、何処をどう経由したらそうなるの判らない抗議になって返ってくる。それを耳にした婚約者は、いつも私を諫めてきた。

 その度真摯に受け止め、努めて冷静に話し合ってきたつもりだ。

 でも彼が欲しいのは、彼が是という返答だけで、それ以外は決して聞き入れられない。私が不服を引っ込めない限り、終わらない。

 理論での説得の言葉が尽きると今度は、そんな君を選んだのは自分だから、どんな君でも愛してるからと、可哀想なものを見る目を向けてくる。

 そういう男だと長年の付き合いで充分判っていたのに、愚かにも私はずっと期待していた。見えぬのに、彼が軽々しく口にする<愛>という言葉を信じて、待っていた。


 もう待たない。

 そんな日はもう来ない。

 仕方ない。


 判り合えないまま、私の婚約者はもう死んでしまった……。


 そういうものなのだと思えば、期待が、無駄な望みが、どんどん消えていった。

 同時に、彼や彼の取り巻きに渦巻いていた負の感情も消えた。

 婚約者の死と同時に、彼に纏わるすべてを手放した。

 嫌がらせは変わらずあるけれど。

 原因を消してしまったら、私にとって彼女たちはただの頭のおかしい女になった。理不尽だと憤る気持ちはあっても、気の毒な病をお持ちの方なのだと思えば、大きな心で彼女たちの粗相を許してあげられる。

 何をされても、何を言われても響かず、ただ受け流すのみ。


 おかげで対外的な私の評価はうなぎ登りだ。


 ただ、そんな私の変化に婚約者が気付くとは思わなかった。

 判ってくれるのはお義姉様だけだと思っていたのに、一応長年の婚約者だけあったということか……。

 それとも、些細な変化に気付く程、彼は本当に私を愛していたのだろうか?

 だとしたら、本当に笑える。

 諦めた途端、こちらを向くなんてどれだけ傲慢なの。

 だから、お義姉様にしか伝えるつもりのなかった本音を彼にも教えてあげた。




『私、婚約者は死んだと思うことにしたんです』




 彼は最初は怒って、最後は泣いた。

 もう一度見て欲しい、やり直したい、なんて言っていた。

 でも、泣きながら懇願する顔を見ても何も感じない。


 全部全部今更だ。


 人間の本性が簡単に変わるとは到底思えない。

 今は反省したとしても、喉元過ぎれば元通りになるだろう。

 実際、泣いて縋った直後、彼は思い通りにならない私を捕らえさせた。挙げ句、国王陛下まで巻き込んで自分の思い通りにしようとした。


 結局無駄だったけれど……。

 陛下も王妃様も流石為政者、よく判っていらっしゃる。


 現在、私以外に彼の婚約者を務められる女はいない。

 最初は彼の恋情で始まったものだけれど、最早私たちの婚約は、個人の感情でどうこう出来るレベルの契約ではないのだ。

 婚約を結んだ日から十年以上に及ぶ時間と莫大な資金が育成につぎ込まれてきた私という存在は、もう個人であって、個人ではない。王家と同等に、国という仕組みの奥深くに関わっている部品の一つ。


 判っている。

 ちゃんと知っている。


 でも、許されるならば。

 そんなもの理解出来ない、しない。

 ただの愚かものになりたかった。



 ……そしたら、お義姉様の言葉に頷けたのに。



『私がいなくなったらいつでも婚約解消して良いぞ』

『なんならさっさと婚約など破棄して、私の嫁ぎ先についてくればいい』


 馬鹿言わないで!!


 即座に否定すべきだった。

 怒らなければいけなかった。

 理性と感情がせめぎ合った結果。

 私は、笑ったふりで涙を誤魔化すしかなかった。


 貴女がお義姉様にならないのなら。

 私は貴女の義妹ではないから。

 貴女の言葉が道を照らす。


『ありがとう、ローゼ』


 遠くへ行く親友ともの名を初めて呼んだ日。

 私は授けられた微かな光を見上げ、いつかそこへ行こうと顔を上げた。






◆◆◆◆◆






 なんて思ってから、たった数ヶ月。

 私は、ローゼの嫁ぎ先へ押しかけ、溜まりに溜まった愚痴をぶちまけていた。


「貴女の弟は本当に馬鹿でどうしようもない男だったわ」


 酷い暴言を吐く私に苦笑するお義姉様の姿は、泣きたくなる程に……諦めた日々と同じだった。


「あいつは何をしたんだ? 流石にこちらまでは詳しい事情は伝わってこなくてな」

「でしょうね、国の恥ですもの。あの人ったら、私と婚約破棄するために、貴族の娘を閨に引き込んだのよ」


 言った途端。

 ローゼは、ブホッと含んでいた紅茶を吹き出した。


「ちょっと、ローゼ!!」

「……すまん。驚いて……いや、しかし、それは……確かに馬鹿でどうしようもないな」

「そうでしょう」


 本当に、馬鹿じゃないかしら。王妃様からあんなにあからさまに釘を刺されたのに、まんまと騒ぎを起こすなんてホントに馬鹿。

 大体、心の中で殺された程度が何?

 私なんてもっとずっと長い間酷いことされてたのよ?

 美貌の王子の婚約者ってだけで、学院でも、社交界でも散々いびられて。中には物理的な嫌がらせもあって、怪我したことだってある。それに比べたら、心の中でちょっと死んだことにするくらいいいじゃない?

 代わりに、一生一緒にいてやると言ったのに。

 好きな女のちょっとした暴言ぐらい黙って飲み込め、男だろ。


 でも出来なかったあの人は、外見通り、心もなよなよの弱々王子様だった。


 顔は綺麗だったから、別に嫌いじゃなかった。途中からは好きでもなかったけど、長年の婚約者だもの、添い遂げてもいいと思うくらいの情はまだあったのに。

 元々心が弱かったからなのか、彼が言うように、本当に私が好きだったからか知らないが。


 私の妄想をきっかけに彼は壊れてしまったようだ。


 あの日以降、彼はあからさまに私を粗雑に扱うようになった。

 それまでは、言動に多少の不一致はあれど、ちゃんと婚約者わたしを大切にしていたのに、一切なくなった。私を無視して、お茶会をすっぽかして、他の女に寵愛があるように振る舞い……判りやすく態度を豹変させた。


 原因が私の言葉にあるのは明白だ。


 しかし、周囲はそんなこと知らない。知らないまま、突然変わった王子に戸惑い遠巻きに観察するしかない日々の中、王子が自ら打ち込んだ決定打は、王家が最も厭うものだった。


 あろうことか彼は、とある令嬢と一夜を共にして、彼女への愛を叫んだのだ。


 とんでもない醜聞。

 王家は即座にもみ消そうとしたが、始末してしまうには女の実家の家格が高く。

 王子本人も自分の意思でそうしたことを隠す気はなく。

 女の実家に詰め寄られた王は、王子に婚姻という責任を取らせるしかなくなった。


 最後に会った日。

 何故こんな真似を? と問うた両親に彼は、はっきり私を指差して、また私の妄想を語った。


『この女は心の中とは言え私を殺したのです!! そんな女を妻として一生をともにするなど、私には無理です!! 』


 ですって……陛下も王妃様も呆れを通り越して、ただただ絶望に顔を真っ青にしていた。


 私の妄想は確かに褒められたものではない。

 だが、次期王妃の座から降ろすには、余りにも根拠として薄い。


 心は自由だ。何者も縛ることは出来ない。


 私の妄想は、公に口に出してしまえば不敬罪に問われるものだ。

 だが、私が自らそれを披露したのは、あの姉弟きょうだいだけ。誰も真贋の証明などできないし、万が一糾弾されても、知らぬ存ぜぬを貫き通せる面の皮があると自負している。


 私の心を罪に問えるものなどいない。


 陛下たちも、出来るなら未来の息子夫婦が円満であって欲しいと望む傍ら。

 手塩にかけて育ててきた優秀な王妃候補を手放すような真似はしたくないという、為政者の顔もある。


 そして、どちらが優先されるかと言えば、やはりこうなのだ。


 何故なら私たちは後に国王と王妃となる。

 を優先する王が治める国に未来はない。


 為政者として痛い程判っているから、一度は見逃したのに……その優しさ、彼は気付かなかった。

 己を顧みて、離れた心を取り戻すため努力することもなく。

 思い通りにならない私をただ切り捨てて、都合の良い女に乗り換えた。

 損失を考えもせず、己を貫き通した息子の所業に、彼らは深い深い失望の溜め息を落としていた。

 事態がこうなっても、彼を王にするしかないのだ。

 少し前ならば、ローゼがいた。

 息子のスペアとして長く留めおいた娘。

 もう大丈夫と外に出した途端の出来事だった。

 スペアのいない王家には、この男をそれでも王にする以外存続する術がない。多分、本人もそれが判っていて強硬手段に出たのだろう。


 さて、長年王子の婚約者であったのに、王妃になれなかった女がどうなるかというと……私の場合、折角の勉強を無駄にしないため側室になるという案はあちらが強固に拒否した。

 さりとて、王家に変わる嫁ぎ先も現在国内には空きがなく。

 身勝手に修道院に押し込むには瑕疵がない。

 扱いに困っている周囲を見渡し、頃合いを見計らって、私は使い慣れた淑女の顔で自ら願い出た。


『選ばせていただけるのでしたら、私は修道院へ行きとうございます』


 しおらしく、哀しげに……長く尽くした婚約者に捨てられ、人の情の儚さを知った今、神の慈悲しか縋るものがないと涙を落した。

 国のため、自ら身を引く覚悟を決めた私はさぞ立派に見えたのだろう。

 王妃様は、ローゼによく似た目元を涙で濡らして謝り、私の行く末を哀れんだ。


『私は貴女が娘になる日をずっと待ってたのよ』


 辛そうな顔が余りに似ていた。

 だから、ならばせめて……と控えめに願った。




『叶うならばどうか、最後にお義姉様に会いに行かせてください。お義姉様には長く可愛がっていただきました、神にお仕えする前に、直接お別れが言いたいです』




 ……というわけで今に至る。

 王妃の慈悲という免罪符を手に入れ、まんまと国を抜け出した私は、意気揚々とローゼの嫁ぎ先へやってきた。


「全部カリナの手のひらの上というわけか?」

「まさか。私だってこんなトントン拍子に行くとは思わなかったわよ」


 ちゃんと王妃になって、彼と添い遂げる覚悟もしていた。


「でも折角チャンスが巡ってきたんだもの、無駄にしたら神様に悪いわ」

「すべて神のお導きだと?」

「ええ。だからきちんとお礼参りにも行くつもり。何処かおすすめはある?」

「では明日、大聖堂に案内しよう」

「まあ大公妃殿下自ら案内していただけるので?」


 戯けて問えば、最後に会った日とは違う、何処か誇らしげな顔でふふんと笑われた。


親友ともが遙々訪ねて来てくれたんだ。そのくらいお安いご用だ。……ああ、ついでに早速仕事も紹介してやろう」

「え? 仕事?」

「ああ、私の義妹だ」

「は?」

「旦那様の弟が嫁を探している。なかなかいい男だ、きっとカリナも気に入るだろう。明日の晩餐で紹介する」


 言ってあっさりと席を立つローゼを慌てて引き止めた。


「お義姉様ったら、お話が早くて困るわ。私まだ」

「善は急げと言うだろう。国元へは私が知らせる。カリナは休んで明日に備えろ」

「いやいやいや、話を聞いて」

「神がくれた私の義妹になれるチャンスだと思え」


 人差し指で額を小突かれた。

 そのときのローゼの顔ったら。


 祖国では見たことないくらい、悪い笑顔だった。


「ローゼ!?」

「用を済ませてくる。また後でな」


 ひらりと手を振って行ってしまった。

 一人残されて、くうを仰ぐ。


 私また婚約するの?

 ……いや、無理でしょうよ。

 正直、男なんてもうこりごり。

 私としては、ローゼに保護してもらって、侍女にでもしてもらえばいいかな? と思ってたのに。

 いきなり義弟って。

 またローゼの義妹って……。


 唸って考えてみたが、慌てはしても、不思議と嫌な気持ちはない。

 寧ろ、明日が楽しみで、勝手に忍び笑いが漏れた。


 ローゼがあんなふうに言うなら、きっと義弟は悪い人ではないのだろう。


 好きになれるか、好いてもらえるかは、会ってみなければ判らない。

 もしダメだったとしても、それはそれとして。

 私と彼女を繋ぐものは、もう一つじゃない。


「ま、会ってから考えましょう」


 気楽に思考を投げ出して。

 それより。何より。

 明日は久しぶりのローゼとお出かけ。

 それが一番楽しみだから、今から明日の装いを選ぶことにした。















読んでいただきありがとうございました。

納得のいく結末になっていたでしょうか?


一話を書いた時点では、久しぶりに好きなテイストの小説書けたー。くらいの気持ちで、すぐさま短編として投稿したのですが、投稿後自分で読み返してみて、なんだか凄く尻切れだと感じました。

こんなこと滅多にないのですが、なんか続きもさらさら書けたので連載として再投稿します。


先の短編に、評価、リアクション、ブックマークいただいた方には、不完全なものを見せて申し訳ありませんでした。

尚、短編の方は、この作品の投稿に伴い、非公開とさせていただきます。

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