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心の中で婚約者を殺してでも  作者: 高瀬海之


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2、心の中で婚約者に殺されて









 婚約者の雰囲気が変わったと気付いたのはいつだったろう。

 ある日ふと気付いた。


 何も変わっていないようなのに、何かが違う。

 いつも通り笑っているようなのに、笑っていない気がする。

 こちらを見ているのに、何処か遠くを見ているようで……。


『……カリナ?』

『はい、殿下』


 呼べば、いつも通り応えるのに、何処か違う。


『カリナ?』

『いかがなさいました?』


 柔らかく優しい声。

 慣れ親しんだもののはずなのに、何処か、何か、違う……気がした。


 その答えを知って絶望した。


「私、婚約者は死んだと思うことにしたのです」

「は?」


 婚約者とのお茶会の最中。

 またいつもの違和感を感じて、何気なくそれを口にした。

 でも、きっとそれは気の所為で。

 考えすぎだと、君はそんなふうに笑うと思っていた。


 案の定、彼女はうふふとまるで楽しいことをこっそり教えてくれるような顔をして笑って、そして言った。


「ですから、婚約者は死んだと思うことにしたんです。そしたらもう何も期待しなくて済むでしょう?」


 君の婚約者は私だろ?

 そんな簡単な一言が、喉に引っかかって出てこない。


 だって、確かめて、そうだと頷かれたら、その後どうすればいい?

 死んだことにされた婚約者が私だと、あっさり認められたら……。


 否、認めるに決まってる。


 だって私たちが婚約を交わしているのは歴とした事実。

 彼女に他に婚約者などいない、いるわけない。


 ……では、彼女に死んだことにされた婚約者とは、私だ。


 どうしてそんな酷いことを私に言う?

 目の前にいるのに。

 こんなに想っているのに。


 どうして君は輝く笑顔で、私にそんな酷いことを言う?


 聞きたかった。

 聞けなかった。


 何も言えない私にずっと微笑みを浮かべたまま……規定の時間が来て、カリナは去って行った。


 私とカリナの婚約は、私の一目惚れから始まった。

 幸いにもカリナの家は私が望んでも問題ない家格で、顔合わせの後、カリナが私を拒まなかったことで婚約を結べた。



 そして彼女は、未来の王妃候補となった。



 あの頃は、婚約者になる。結婚の約束をするということが、そういうことだと、まだ判っていなかった。

 けれどカリナを選んだことを後悔したことなどなく。


 ずっとずっとカリナを想ってきた。


 あれから随分長い時間をカリナと過ごした。

 お互い大人になってすれ違うことも増えた。でも、どんな問題があっても想いがあれば、互いを思いやって話し合えば、判り合えると信じていた。


 なのに……婚約者は死んだと思うことにした、とはどういうことだ?

 死んだと思えば、何も期待しないで済むとは?


 どうしてそんな酷いことを私に言うんだ!!


 カリナにぶつけられなかった疑問。

 次に会った姉にはすぐに声になった。


 私の何が悪い!?


 叫んだ私に、姉は心底冷えた目で、すべてだと言った。

 私のすべてに愛想が尽きて、だから、カリナの中で殺されたのだと。

 その上、それが当然と姉は言う。


 私が何をした? 想像とはいえ、婚約者に存在を消されなければならないような酷いことをしたというのか!?

 判らない。カリナが何を考えているのか、私には判らない。


 姉と別れ、自室に戻り。

 ずっと付き従ってきた従僕に問えば、彼は奇妙に顔を歪めながらも、言った。


「殿下はいつもカリナ様の振る舞いを諫めておりました。あちこちの家から陳情されたと、カリナ様を咎めたこともありました」


 共に貴族学院に通う令嬢やその家から、カリナが王子の婚約者という地位を笠に着て横暴を働くと陳情があったのは事実だ。

 未来の王妃として、貴族に疎まれるのはカリナのためにならない。

 だから私はカリナのために。


「殿下は何故一度もカリナ様を信じなかったのですか?」

「……は?」

「カリナ様はいつもご自分の無実を、正当性を訴えていました。しかし、私の知る限り、殿下がそれを信じたことは一度もありません」

「………………は?」


 カリナを信じたことがない?

 馬鹿な。私はいつでもカリナを想って……。

 彼女のすべてを愛して受け入れるつもりで……。


『申し訳ありません』

『かしこまりました』

『すべて殿下の仰せのままに』


 薄く笑みを浮かべ、肯定だけを乗せる唇。

 その目は、いつのまにか私ではない、何処か遠くを見ていた。


 あれはいつから?


 一月経って、定例のお茶会の日。

 いつも通り王宮の中庭にやってきたカリナは、何の変わりもなく。

 柔らかな笑みを浮かべて、穏やかに私の言葉に応える。

 何も変わらないように見えるのに……。


「カリナ」

「はい殿下」

「何故君は私を殺したんだ?」

「まあ物騒な」


 唐突な言葉だったのに、驚くそぶりもなく。

 それどころか、おかしそうにころころと笑う。


「真剣に聞いているんだ、誤魔化さないでくれ」

「それは私の心の中の話、殿下がお気になさることではありません。どうぞ殿下は殿下のままで」

「気にするに決まっているだろう! 心の中でとは言え、死んだと思われているなんて」

「私が楽なんです」


 楽? そんなことのために、私を殺したのか?


「楽になるために、私なりに色々試行錯誤しました。その結果、私の婚約者は死んだと思うのが一番都合が良かったのです。……そう思うようになってから、本当に楽」


 心底そう思っていることを表すように、ふうっと息を吐いたカリナの肩から力が抜ける。何かを探すように視線を空へ向けた彼女は、薄く笑ったまま夢見るように呟いた。


「以前は喧しかった見知らぬ誰かの囀りも、婚約者が死んでいる私には関係ないと聞こえないふりが出来ますし、私の婚約者は、時々あの世から舞い戻ってまで、エスコートしてくださったり、お茶会に招いてくださる方なのだと思えば、憂鬱な時間もありがたいと感謝出来ますの」


 いいことだらけです、と空を見上げ微笑むのは、最愛の女性。

 私と会うのが憂鬱とはっきり言い切っても、カリナは綺麗だった。


「でも、私がそう思っているだけ。別に殿下に不都合はありませんでしょう?」


 ある。

 最愛の女性に勝手に殺され、死んでいる方が楽と言われるこの気持ち。

 どうして私がこんな目に遭わなければならない!!


「不敬だ!」


 テーブルに手を打ち付けて言えば、カリナの顔から笑みが消えた。


「大変申し訳ありませんでした。今後一切このことは口にいたしませんのでどうかご容赦を」


 真面目な顔で頭を下げて、謝罪する。


 違う。

 口で謝っても君の心の中で、私は死んだままだ。

 その妄想を改めてくれ。

 私を君と生きさせて。

 生者として、私を、見てくれ!!


 叫びたい言葉が心で止まる。

 今ここでカリナに確約させても何の意味もないと判っているから。

 私が望めば、望んだとおりの言葉をカリナは言うだろう。


『判りました。承知しました。殿下の仰せのままに……』


 唇の動きまで想像出来るのに!!

 何一つ改めないことも判ってる!!


 心の中まで覗けはしない。

 たとえ王命でも、思考まで束縛は出来ない。


 やめて欲しいと言えば、カリナはその妄想を完璧に隠すだろう。

 でも隠すだけ、なくならない。

 隠して見えないようにして、君は夢幻のように私を見つめ続ける。


 嫌だ。

 そんなのはおかしい。

 私は生きて、隣にいるのに。

 この胸の痛みを、苦しみを、どう言葉にすれば伝わるのか。


 悩む私に、やはり綺麗に笑ってカリナは告げる。


「殿下、そんなにご心配なさらなくても私は最期までおそばにおります。この生涯かけて。私は殿下の婚約者で、未来の妻で、王妃です。きちんとその務めは果たします」


 でも、君の中の私はこの先もずっと死んでいるんだろう?

 生身の私がここにいるのに、ずっと死者として扱うんだろう?


「まあ、殿下の考えているとおりのことをしますけれども……良いじゃないですかそのくらい」

「そのくらい……だと?」

「ええ、現実に害するわけでも、害したいわけでもありません。ただ、心の中で貴方を勝手に思い出にしただけです」

「どうして……そんな酷いことを」


 問う自分の声が、他人の言葉のよう。

 それに被る誰かの言葉。


『殿下は何故一度もカリナ様を信じなかったのですか?』

『お前の振る舞いに愛想が尽きた、だから殺されたんだ』


 クスリと笑ったカリナは、とっておきの秘密を教えるように少しこちらに身を寄せて、囁いた。


「貴方が私にとって、とても愚かで嫌な男だからです」


『お前は愚かで、嫌な男だ』


 姉の冷えた声が聞こえた。

 身近な女性が二人して、私のあり方を非難する。

 余りの衝撃に、束の間息が止まる。

 息することを思い出しても、苦しくて苦しくて、無意味に胸を掻きむしった。


 私の、何が、どこが、どうして……?


 ぐるぐる回る思考を整理出来ないまま、無意識に途切れ途切れの声が出ていた。


「嫌だ……、直すからっ。カリナの嫌なところ全部、直すからっ……、やめて。昔みたいに、仲良く……、カリナっ」

「あら嫌だ殿下、泣いていらっしゃいますの? 困ったわ、誰か、殿下が……」

「違う、カリナ、カリナ、君が……君が」


 縋り付く声を全く無視して、カリナが人を呼ぶ。

 誰かが腕に触れた。

 力一杯振り払って、必死に手を伸ばすのに……見えないふりをして君は側の誰かに淡々と告げる。


「急にお加減が悪くなられたようなの。早くお部屋にお連れして」

「カリナっ……」

「殿下、私のことはお気になさらず、今日はゆっくりお休みになってください」


 まるでそこに慈悲があるように微笑んでサッと身を翻す。

 冷たい。


「嫌だっ、ダメだ……、カリナ、行くなカリナ!!」


 まるで聞こえていないように、君は遠ざかっていく。

 君の中の私は死んでいるから?

 だから聞こえないふりをする?


 ふざけるな!!


「……誰か、彼女を捕らえろっ。彼女はっ、私を殺した!! 不敬罪だ!!」


 苦しむ私など素知らぬ顔で去ろうとするカリナを止めたくて、夢中で叫んでいた。

 即座に、庭木の影から何かが飛び出してくる。それがカリナの行く手を阻み、取り囲んだのを滲んだ視界で確認して、私は安堵に笑った。


 さぞ異様な光景だったろう。


 泣き笑い続ける私と困った顔で護衛に捕らえられたカリナ。

 私がカリナを告発した以上、あっさり彼女を帰すことも出来ず。

 判断を仰ぐために、私たちは揃って、両親の前に連れ出された。


 その場で私は正直に、彼女に言われたことを伝えた。


 彼女は私を殺した。

 心の中で!!


 私が訴えている最中、カリナはずっと笑っているような困っているような顔をしていた。否、彼女以外も皆困った顔で私を見て……。


「それで……お前は一体どうしたいのだ」


 どうしてこの痛みを誰も判ってくれない!!


 地団駄踏む私を見下ろす両親の目は冷たい。

 ふう……と扇の影で溜め息をついた母の目が、カリナに向く。


「ごめんなさいね、カリナ」

「いいえ、王妃様に謝っていただくことは何も。わたくしこそ、殿下のお心をお慰め出来ずに申し訳ありません」


 は?

 誰の所為で!!


「カリナ!」

「殿下、私は申し上げましたでしょう。殿下がどうあろうと、わたくしはこの生涯かけて、殿下の婚約者で、未来の妻で……きちんとその務めは果たします、と」


 一片の曇りもなく。

 はっきり宣言するカリナからは、潔い決意の気高さと共に眩しささえ感じる。

 同じものを見た母の目元が緩んだ。


「カリナ、貴女の気持ちは確かに伝わりました。それに引き換え……」


 両親の視線に険が籠もる。

 何故私がそんな目を向けられる。

 すべてはカリナが……、カリナが言い出したことが原因なのに!!


「お前がカリナに何かと辛く当たっていることは聞いています。どんな思惑があるのかは知りませんが、これ以上カリナの名誉を傷つけることは私が許しません」

「母上!?」

「引き止めてしまってごめんなさい、カリナ。さあ急いでお帰りなさい」

「ありがとうございます、王妃様。陛下にも、お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」


 見惚れる程美しい淑女の礼で両親に頭を下げるカリナは、非の打ち所のない婚約者だった。

 見送った両親からお門違いな説教を受けながら考える。


 務めは果たすとカリナは言った。

 彼女は、たとえ心の中で私を殺しても、現実には私と生きていくつもりなのだ。


 それは嫌だと思う私は愚かか?

 愛した人から愛されたいと思うのは、そんなに愚かなことなのか?

 だって彼女は、心の中で私を殺す程、私を嫌っているんだろう?


 それなら私だって……。











王子様、自己肯定のため色々問題がすり替わっていっていますよ。


読んで頂きありがとうございました。

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