8.必要悪
「アリソン、私に対する悪評が流れているみたいなの。何か知っている?」
「いいえ、何も存じません」
「そう。社交界ではかなり広まっているみたいだから知っているのかと思ったんだけど」
「王妃様の側近であり、王女殿下の教育係である私を前に殿下の悪口を言う馬鹿はいないでしょう」
「・・・・・それもそうね」
だけど、学校ではでは当然のように私の噂をしていた。
侮られている。私になら何をしても、何を言ってもいいとどうして思えるのだろうか?
「どうして、悪評なんか流れたんだろう」
「殿下がΩだからですよ」
「私はΩだと公表していないわ」
「それでも、本能で嫌悪しているのでしょう。Ωというものを。殿下、それだけΩは忌み嫌われる存在なのです。だから、絶対にバレないようにしましょうね」
「ええ」
バレたら酷い目に遭わされるとアリソンは言う。そんな状態で私は幸せになれるのだろうか?
「出しゃばらず、己が何者なのかを意識して、息を殺してこれからも生きていきましょうね。それが、Ωの生き方ですよ。いいですね、姫様」
そうでなければ何をされるか分からない。
何かをされたとしてもΩは何も言えない。Ωにその資格はない。
Ωは存在するだけで罪深いとアリソンは言う。
本来なら生まれたと同時に殺されなければならなかった存在だったのだ。
それをアリソンが王に内緒にしてくれたことでここまで生かされた。全てはアリソンのおかげでこの命があるらしい。
だから私はアリソンに感謝しなければならないのだ。
でも、こんなに生きづらいのなら一層のこと何も分からない赤ん坊の時に殺してくれた方が良かったのではないかと、アリソンには言えないから時々心の中で思ったりもする。
でも、そうか。
アリソンの言うことを信じるのなら私は何をされても仕方がないのか。たとえ、αに擬態しようとも、私はΩだ。だから何をされても仕方がない存在なのか。
・・・・・Ωは、私は何のために存在しているのだろうか?
†††
「見て、カール様とマリアベル様だわ」
「絵になるお二人よね」
「本当に。あの二人が婚約すればいいのに」
「滅多なことを言う物ではないわ。仮にも王女様なんだから敬わないと」
わざと、聞こえるように彼女たちは言う。聞かせているのだろう。
きっと、ここで私が怒れば癇癪持ちだと責めるのだろう。
私は五歳の時に母に疎まれて離宮に追いやられた。父は一度も私に会いには来ない。
この事実は使用人を通して各家に伝えられ、私は見下してもいい存在になった。
だからきっと、こんなふうに堂々と私を貶しているのだろう。
カールは分からないけど、マリアベルはわざと人に見られる位置でカールにアピールしている。そして、カールもマリアベルを受け入れている。
見る人が見れば、彼女たちが婚約者のようだ。
カールは初めて会った時から私を嫌っていた。
アリソンは私がΩだから、隠していても本能で感じ取って嫌っているのだろ言う。
誰からも嫌われる存在を作るなんて神様は意地悪ね。
でも、共通の敵がいた方が人はまとまるから、きっとそういう存在が必要だったのだろう。
だから、Ωが嫌われるのは仕方のないことだ。いわゆる、必要悪ということだろう。
「ラティーシャ王女殿下」
「何、カール。あなたから声をかけてくるなんて珍しいわね」
思わず嫌味のように言ってしまった。だからか、カールの眉間に皺が寄っている。
でも、同じ学校に通っているのに一緒に行動することもなければ会話をすることもなかった。
時々、カールの婚約者が自分であることを忘れてしまうほどに。
なので、ちょっとした嫌味は仕方がないと思う。
「最近、マリアの物が紛失したり、マリアが怪我をすることが増えています
」
「マリアとはどなたのこと?」
「マリアベル・レゾン侯爵令嬢です」
婚約者でもない令嬢を腕に絡ませているだけではなく、愛称で呼ぶのね。
それも本当の婚約者の前で。
私はこれを咎めてはいけないのだろうか?
「マリアベルの紛失物が多いのと、怪我が多いということだったわね。それをなぜ私に言うの?たた単に彼女がおっちょこちょいなだけでしょう。令嬢たるもの、もう少し落ち着いて行動をなさってはいかが?それとも、あなたに令嬢らしさを求めるカールに問題があるのかしら?」
「私が令嬢らしくないと仰りたいの?私は侯爵家の令嬢ですよ。父は侯爵家嫡男で、母は元伯爵令嬢。その私に向かって王女殿下が血筋に文句をつけるなんて酷いですわ」
私は一言も血筋に文句を言ってない。
それに、その言いようはつまり私の母の血筋に問題があることを指している。
どちらが一番無礼で酷いのかは明白なのに、周りも私を非難するのね。
それに、カールも。
そんなに、睨むことないじゃない。
「いくら王女殿下といえども一貴族に危害を加えるのはいかがなものでしょうか?」
「マリアベルあるいはその使用人は物の管理が不得手で、慌てん坊だから物の紛失が多く、怪我も多い。それだけのことをでしょう。それを私のせいにするの?」
「王女殿下、ご自分の罪をお認めになってはいかがですか?全て、あなたの仕業ですよね」
「お姉様、今謝れば許して差し上げますわ」
「やっていなことに対して謝罪はしないわ」
「まぁ、なんて人なの」
「いくら王女殿下でも平気な顔で危害を加えるなんて許されることじゃないだろ」
「王女殿下としての教育をしっかり受けていらっしゃらないのかもしれないわね」
自分たちだってそうじゃない。
王女に冤罪をふっかけるなんて普通の貴族ならできないし、まずしない。
・・・・・ああ、違うか。私が普通の王女じゃないからできるのか。
私の母は元子爵令嬢で、陛下の寵愛しかない。
その両方に受け入れられず、離宮に追いやられた王女。
何をしても許されるんだ。
「私は、やってないわ。やる理由がないもの」
「理由ならありますよね。俺がマリアと親しいことに嫉妬してる。だから、マリアに危害を加えるのですよね。そのような醜い嫉妬はやめていただきたい。俺とマリアはただの友人で、全てはあなたの誤解です」
カールは何を的外れなことを言っているのだろう。
嫉妬?どうして、私が嫉妬をしないといけないの?
私がいるのに、存在を無視して、婚約者の前で婚約者ではない女性と腕を組むような人に嫉妬なんてしない。だって、愛情なんてカケラも持っていないから。
「誤解を招くような行動をすることに問題があると思うわ。そんなふうに婚約者でもない殿方の腕に抱きついて胸を押し付けるのは令嬢のすることではない。遊女のすることよ。それと、私は嫉妬なんてしない。だって、自分を婚約者として扱わない、最低限の礼儀すら守れない人に愛情なんて抱かないもの」
二人とも怒りで顔を真っ赤にしている。
本当のことを言っただけなのに。怒るようなことを言われたくなければ、こんな馬鹿なこと、しなければいいのに。




