24.逸らし続けた現実
「アンナ、アリソンはどこにいるの?彼女に聞きたいことがあるんだけど」
「アリソン殿ですか」
どうして、そんな困った顔をするのだろう?
元々私の専属だ。それを殿下やアンナの判断で引き剥がすことはできないはず。
アリソンの処遇を決める権利は主人である私に決定権があるはず。
たとえ、アリソンが私の教育係で、唯一の世話係でも。
「呼んできて、お願い」
「・・・・・承知しました」
暫くして、アリソンが来た。
どうして気づかなかったんだろう。
まるでお嬢様のような身なりだ。ドレスも宝石も、どれも使用人の給料で買えるものではない。
アンナや他の人がアリソンを見て、眉を顰めていたのは彼女の姿が使用人に似つかわしくはなかったからだろう。
「お久しぶりです、姫様。私にご用とのことですが。いかがしました?」
本当に、どうして気づかなかったのだろう。
私に呼ばれたことを不満に思っている。それを隠しもしない。隠す必要もないということなのだろう。
気づいていなかった・・・・・・わけではない。
気づかないふりをし続けたんだ。
だって、気づきたくなかったから。
「どこか、出かけていたの?」
「社交ですわ。姫様にはできないので、その代わりです。それにしても、このような場所に追いやられているとは思いませんでしたわ。でも、仕方のないことですわね」
私がΩだから。
誰かが聞いているかもしれないことを考慮してだろう。口にはしない。
でも、その態度が、目が、口元に刻まれた歪んだ笑みが全てを物語っている。
「抑制剤をね、自分で購入したの」
「あら、姫様がご自分で管理なさっている予算があったのですか?仰ってくだされば私が管理をしましたのに。抑制剤もいつも通り手配をして」
「死ぬかもしれない、不純物まみれの違法薬物を私に飲ませ続けていたの?」
どんな反応をするだろうかと思った。
否定してはくれないだろうかと期待もした。全部、私の勘違いだと言って欲しかった。
そんなことを言われても現実も事実も何も変わらないのに。
ほら、ね。
「なんのことでしょう?」とアリソンは微笑む。そこになんの罪悪感も抱いていないことが分かる。
いつも私に向けてくれている優しい笑みだ。でも、目の奥が冷めている。
向き合うと決めて見つめる彼女の笑みは背筋が凍るほど冷たいものだった。
ずっと、こんな目を私に向き続けていたのか。
どうして?
「アリソンは、私に死んで欲しかったの?」
「何を言っているんですか、姫様。私は姫様の唯一に味方ですよ」
「私は、確かに誰にも好かれていないのかもしれない。好いてくれる人なんて現れないかもしれない。でもね、アリソン。それでも私は、自分の死を願う人を唯一絶対の味方にはしない」
もう逃げない。その意味も込めて私はアリソンを見る。彼女の目を真っ直ぐに。
「あなたは私の味方ではないわ」
アリソンから笑みが消えた。
目を逸らしたくなる。体の震えが止まらない。でも、私は決めたのだ。
「あなたは、要らない。見せかけの愛情も必要ない」
「やはり、あの女の娘ですね」
「っ」
アリソンは怒り、侮蔑、今まで溜めてきた負の感情を解放してぶつけてきた。
あの女というのはアルトゥール王国王妃のことを言っているのだろう。
彼女はずっと、私の母を意識していたから。
「恩を仇で返されるとは思いもしませんでしたわ」
「私の予算で好きに買い物をしているのだから、与えられたものは全てそれで返されていると思うけど。横領は罪よ。ましてや王族のお金は血税。罪は重くなる。それに、私に与え続けた抑制剤は毒にも等しい。それだけでも処刑は免れない」
アリソンは「誰からも必要とされない、要らない王女のくせに」と鼻で笑った。
「私が気にかけなければ、あんたみたいな出来損ないの王女を気に掛ける人なんていないわ。現に今だって、こんな場所に追いやられて」
追いやられたわけじゃない。自分が望んだのだ。でも、いつかはそうなっていただろうと思う。
殿下はΩを「穢らわしい」と言っていた。殿下のΩ嫌いはかなり有名だ。どのみち、相容れないもの同士なのだろう。
「処刑?不要なものを有効利用してやっているのに、みんな私に感謝こそすれ、咎められることなんてないわ」
「不要だろうと何だろうと、関係ないのよアリソン。法律は守ためにあるの。それは秩序を保つために必要なこと。あなたが一番分かっているでしょう。王侯貴族は体面を気にする。王族が使用人如きに見下されることを王族はよしとしない。体面のために人を殺すことだってあるのよ」
初めて、アリソンの目に怯えが宿った。でも、それを隠すようにアリソンは笑みを深めた。
「ならば、私はあなたがΩであることを言うわよ。そうすれば」
「言えばいいわ」
アリソンの目が大きく見開かれる。
そうね。ずっと、αだって擬態していたものね。まさかそう返されるとは夢にも思わなかったのだろう。
別に、強がりで言ったわけではない。どうでも良くなったのだ。
全てが、もうどうでもいい。
「アリソン、一緒に地獄へ堕ちましょう」
「ふ、ふざけないでっ!冗談じゃないわ。なんで、そこまで私があんたの面倒を見ないといけないのよ」
「嫌なら、今すぐ出ていって。今まであなたが購入したドレスや宝石は持っていっても構わないから。その代わり、もう二度と私の前に現れないで」
「っ。後悔するわよ。あんたには私しかいないのに、その私を捨てたことを。いつか絶対に後悔する。そうなっても知らないから」
そう吐き捨ててアリソンは逃げるように出て行った。
これで完全に一人になった、わけではない。目を逸らし続けただけで最初から一人だったのだ。
寂しいとは不思議と思わなかった。
なぜか、とてもスッキリしている。きっと、負の感情を抱き続けている相手が側にいることは思いの外エネルギーを使うのだろう。
ならば、これで良かったのだ。これが、正解なのだろう。
「さようなら、アリソン」
もう二度と、私たちの道が交わることはない。




