19.新しい生活と新しい侍女
銀色の髪に薄水色の瞳、褐色の肌をした私の婚約者、イクシオン殿下
初めて会った時は見たこともない褐色の肌に驚いた。
そして、言葉を交わして穏やかな優しい人だと思った。
でも、そんな人でもΩの前では豹変した。
Ωとはそういう人でも豹変させてしまうのだと、改めて自分の性が嫌悪の対象なのだと実感した。
ならば、誰にも気兼ねなく過ごせる場所で一人、好きに生きたらいいと思った。
きっと、その方が自分にも自分以外の人間にもいいだろうと。
もっと早くそうすれば良かったのだ。
そうすれば、アリソンが私のせいで祖国を離れることもなかっただろう。
「妃殿下、初めまして。侍女長を務めております、アンナと申します。本日より、アリソン殿の代わりに妃殿下のお世話をさせていただきます」
老齢の女性だ。私に対して丁寧に礼をする者はアルトゥールにはいなかった。
ルルーシュもそうだけど、ここの使用人は私を王族として扱うことに不快感はないのだろうか?
「アリソンの代わりというのはどういうことですか?彼女は、ここへは来ないのですか?」
「妃殿下、使用人である私に対してそのような言葉遣いは不要です。アリソン殿は、他に仕事がありますのでここへ来れなくなりました」
「・・・・・そう」
ついに、アリソンも私のことが嫌になったのかな?
私の世話係というだけで祖国を離れて、知り合いのいない国でやっていかなくてはいけなくなった。
しかも、原因となった主人は初夜をすっぽかされるほど嫌われている。
味方がいない中で、唯一立場を強化してくれるはずの夫にも嫌われては彼女も王宮内で立場がなかっただろう。
恥ずかしい主人だと思っていたのかもしれない。
「アンナ、食事と入浴の用意だけしてくれれば後は一人でできるので好きに過ごしていいわ」
「好きにというのは?」
「そのままの意味よ。私に侍る必要はないわ」
一人の方が、気が楽だしΩだとバレる必要もない。
ああ、アリソンがいないのなら自分で抑制剤を手に入れなければならないわね。
困ったわ。
アリソン以外に信用できる人間はいないし、自分で調達しないといけないのね。
誰にもバレず、市井に行けるかしら?
そもそも、買い物をしたことがないのよね。お金に触ったこともないし。
買い物の仕方も、お金の使い方も分からない。
アンナに聞く?
「どうかされましたか?」
「・・・・・・買い物をしたいのだけど、どうすればいい?」
「商人をお呼び致しましょうか?どのような物を買いたいのですか?」
邸に呼ぶとなると、買っているところをアンナに見られる可能性がある。それは避けたい。できれば、市井で直接買いたいのよね。
「できれば市井で直接買いたいの。どう行けばいい?お忍びで行きたいのだけど」
アンナに市井の案内をさせよう。場所さえ把握できればこっそり行くことは可能だ。
アリソンは側にいないことが多かった。私の代わりに社交をしてくれていたし、他に仕事があったのだろう。
アンナも同じはずだ。
もしかしたら、アリソンよりも私の側にいない可能性が高い。だって、ΩはいくらΩだと隠しても嫌われるから。本能が嫌悪の対象として見る存在
「妃殿下は市井に行ったことがないと伺っておりますが間違いありませんか?」
「ええ。だから、興味があるの。市井で買い物をしてみたいわ。アルトゥールでもしたことがないし。ダメかしら?」
「いいえ、妃殿下にとっても良い経験になると思います。安全のため護衛を手配させていただくので、数日いただくことになります」
「分かったわ」
これで買い物の仕方とお金の使い方、薬屋までの道のりを覚えれば次からは一人でも問題はないわね。
「妃殿下、邸の掃除と料理を担当する使用人は通いになるのですが、妃殿下の世話をする者は私を含め五人の侍女を殿下が用意しております。その者は常駐させていただくことになるので何かありましたら遠慮なく申しつけてください」
「五人も?」
「少ない方ですよ、妃殿下。妃殿下はアルトゥールでの専属侍女は何人いましたか?」
「アリソン一人だけよ」
「・・・・・左様ですか」
†††
side.アンナ
本来なら、妃殿下が来た日遅くとも翌日には挨拶に向かい専属侍女の紹介をするのが侍女長の務めだ。
しかし、妃殿下が私たちを拒否していると言うアリソン殿の言葉を信じてしまった。
長年、妃殿下に仕え、重用されている人に疑問を持つこと自体が不敬に当たる。
アルトゥールにいた時も社交などはして来なかったという情報を得ていた。だから、人付き合いが苦手な方なのだろう。
もう少しルビンスティンに慣れてからの方がいいのかもしれないと思った。
だから、積極的に関わろうとはしなかったけど、私の考えは間違っていたようだ。
まだまだ私も未熟ね。
アルトゥールから流れてくる噂はどれも妃殿下を悪く言うものばかりだった。よくも自国の王女をここまで貶められるものだと呆れている半分、そこまで問題のある王女なのかもしれないと覚悟していた。
たとえ、どのような相手であろうと殿下が決め、妃殿下として迎えることになるのであれば真摯にお仕えするだけだ。
そう思っていたが、噂とはつくづく当てにならない。
噂とは真逆の、物静かで淑やかな、まさに深窓の姫君そのままだ。
妃殿下は一人でいることに慣れている。逆に言えば、人が側にいることに慣れていないとも言える。不自然なほどに。あり得ないことだ。
たとえ自室であろうとも貴族の令嬢ましてや王女殿下が一人になることはない。
アリソン殿は随分と怠惰な侍女なのだろう。
最早、侍女とも言いたくない。ここまで己が仕える主人を蔑ろにするとは同じ侍女として許されることではない。
「入浴を、一人で?」
「ええ。子供じゃないのよ。それぐらい、一人でできるわ」
いいえ、妃殿下。
着替え、体を洗うことも、髪を整えることも全て使用人がするものです。一人で、できないのが王侯貴族にとっては当たり前のことなのです。
「承知しました。ただ側には控えさていただきますので何かありましたら遠慮なく申しつけてください」
アリソン殿は妃殿下が幼い頃から専属だと聞いている。
どれだけ長い間、自身の主人を軽んじていたのだろうか。周囲はそれに対して何も言わなかったのか?
ああ、腹立たしい。彼女がもし、この国で、私が務めている王宮にいたのなら即刻骨の髄まで侍女とは何かを叩き込んでやったのに。




