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残り物には福がある、宰相様の胃袋も掴めます  作者: 九葉(くずは)


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第8話 王太子の没落と、宰相の激昂

 その日の朝、裏厨房は異様な緊張感に包まれていた。

 カシャン、カシャンと、金属の擦れる音が近づいてくる。

 いつもの夜警騎士たちの親しげな足音ではない。

 統率された、威圧的な軍靴の響きだ。


「ここか、逆賊の巣窟は!」


 扉が乱暴に蹴破られた。

 なだれ込んできたのは、金色の装飾を施された鎧を纏う近衛兵たち。

 王太子の私兵とも言える精鋭部隊だ。その数、十名以上。

 狭い厨房は一瞬で制圧された。


「な、何事だ!」

 ガルバン料理長が包丁を構えて立ちふさがるが、すぐに切っ先を突きつけられて動きを封じられる。


「メル・リズリーはどこだ!」

 兵士たちの後ろから、ふんぞり返ったオスカー様が現れた。

 その顔は焦りと、隠しきれない苛立ちで歪んでいる。


「……ここにおります」

 私は静かに前に進み出た。

 逃げ隠れしても、仲間たちに迷惑がかかるだけだ。

 

「ふん、いたか。……貴様を『王太子付き筆頭侍女』に再任命する。直ちに私の執務室へ来い!」

「お断りします」

 私は即答した。

「私は現在、宰相府管轄の『購買部責任者』です。所属が違うため、殿下の人事命令には従えません」

「黙れ! これは王命に等しい! 貴様がいなくなってから、書類一つ見つからんのだ! さっさと戻って、あの書類の山をなんとかしろ!」


 あまりの身勝手さに、眩暈がした。

 自分が困ったから、使い捨てた道具を拾いに来ただけ。

 そこに謝罪も、感謝もない。


「……お断りします」

 私は彼を真っ直ぐに見据えた。

「私はもう、貴方の都合のいい道具ではありません。ここの皆さんは、私を仲間として扱ってくれます。……私は、ここが好きなのです」


「生意気な……! おい、力ずくでいい。引っ立てろ!」

 オスカー様の合図で、近衛兵の一人が私の腕を掴んだ。

 痛い。手首がきしむ。


「やめろ!」

 ガルバン料理長が叫ぶが、剣を突きつけられて動けない。

 

(ここまで、か……)

 悔しさで視界が滲んだ。

 結局、王太子の権力の前には、私のささやかな抵抗など無意味なのか。


 ――その時だった。


「――その汚い手を離せ」


 絶対零度の声が、厨房の空気を凍らせた。

 入り口に立っていたのは、ディルクだった。

 いつも冷静な彼が、今は般若のような形相で私を掴む兵士を睨みつけている。


「さ、宰相……! 何の真似だ! 公務執行妨害だぞ!」

「公務? 笑わせないでいただきたい」


 ディルクは冷たく言い放ち、指をパチンと鳴らした。

 その瞬間、厨房の窓や勝手口から、武装した集団が一斉に雪崩れ込んできた。

 近衛兵たちの鎧とは違う、実戦用の黒い鎧。

 王宮騎士団だ。

 その先頭には、あの騎士団長が立っていた。


「き、貴様ら……正規騎士団がなぜここに!?」

 近衛兵たちが動揺する。

 騎士団長は厳格な声で告げた。

「ここは我々の『重要補給基地』である! 基地への侵入および補給将校メルへの暴行は、騎士団への敵対行為とみなす!」


 ガシャン! と数十の剣が抜かれ、近衛兵たちを取り囲んだ。

 数でも、気迫でも、正規軍の圧勝だった。

 近衛兵たちは剣を収め、おろおろとオスカー様を見る。


「なっ……謀反か!? 宰相! 貴様、王太子に弓引くつもりか!」

「いいえ。私は『国法』に従い、犯罪者を告発しに来ただけです」


 バサッ、と。

 ディルクは束になった書類をオスカー様の足元に投げつけた。


「これは……!」

「裏帳簿の原本、そして外交機密費の不正流用の証拠です。貴方が隠滅したと思っていた書類ですよ」

「な、なぜここにある! あれは俺が破り捨てて、ゴミ箱へ……」


「ええ。ゴミ箱の中身まで、彼女は日付順に分類して保管していましたから」


 ディルクは私の方へ歩み寄り、呆然とする近衛兵の手を払いのけ、私の腕を解放した。

 そして、赤く腫れた私の手首を見て、瞳に暗い炎を宿した。


「メルは『いつか必要になるかもしれない』と、貴方が捨てた紙屑さえもファイリングしていた。……その几帳面さが、貴方の首を絞めましたね」


 皮肉な話だ。

 私の「捨てられない」性格が、こんな形で役に立つなんて。

 オスカー様の顔から血の気が引いていく。


「……よくも、私の大切な部下を傷つけてくれましたね」

 ディルクの声は低く、震えていた。

 それは純粋な殺気に近かったが、その内容は極めて事務的で、残酷だった。


「殿下。この証拠を持って、明日の御前会議にて『王位継承権の見直し』を提案させていただきます」

「き、貴様……! 本気か……!」

「本気ですとも。……今の貴方を支持する者が、この場に一人でもいますか?」


 ディルクが視線で周囲を促した。

 近衛兵たちは、完全に戦意を喪失していた。

 相手は正規騎士団。しかも「激ウマ夜食」で餌付けされ、士気が最高潮に達している精鋭たちだ。勝てるわけがない。


「くっ……! 撤収だ! こんな油臭い場所、こっちから願い下げだ!」

 完全に詰んだことを悟ったオスカー様は、捨て台詞を吐いて逃げ出した。

 近衛兵たちも、バツが悪そうにその後を追う。


 静寂が戻った厨房で、ディルクは深く息を吐き、私の肩を抱き寄せた。

「……遅くなってすまない。怖かっただろう」

「ディルク様……」

 張り詰めていた糸が切れ、涙が溢れた。

「ありがとう、ございます……」

「大丈夫だ。もう二度と、君に手出しはさせない。……私の政治生命にかけて誓う」


 彼の腕の中は、温かかった。

 騎士団長が、満足げに頷いて部下たちに撤収を命じているのが見えた。


 ガルバン料理長が、わざとらしく咳払いをした。

「へっ、とんだお熱い救出劇だな。……ま、今回ばかりは礼を言っといてやるよ、宰相さん。ウチの看板娘を守ってくれてな」


 厨房に、安堵の空気が戻ってきた。

 私は知らなかった。

 この騒動が「宰相による王太子への宣戦布告」として、翌日の王宮を揺るがす大ニュースになることを。

 そして、明日の晩餐会が、最後の決戦の場になることを。

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