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メリンダ、君だけが僕を苦しめる

作者: 青木薫

目にとめていただきありがとうございます。

勢いで書いた、舞台設定はふんわりの、迷惑なカップルのお話です。よろしくお願いいたします。

「メリンダ、きみとは結婚できない!婚約は…解消だ…いや、破棄だ!」


 目の前の銀髪に赤い瞳のびっくりするほど整った容貌のフォレスト伯爵家嫡男、私の婚約者であり、私のことが大好きなはずだったフレディは顔を真っ赤にして主張している。


 驚いた私は、なんと言えば良いのかわからず、彼の言葉を繰り返した。


「そんな…でも…そう…フレディ、あなたは私との婚約を破棄したいのね?」


「っああ、そうだ。きみと結婚なんて耐えられない!」


 苦し気に顔を歪ませた彼に『なぜ?』とも『嫌だ』とも言えず、きみ、と呼ばれて、学校のカフェテリアで婚約破棄を叫ばれている私は、


「私と婚約破棄するとして、じゃあ、フレディ、あなたは誰と結婚するつもり?」


こんな、気の利かない質問をしてしまった。フレディの二の腕を掴んでいるファレル男爵家の令嬢シェリーさんにチラリと視線を送りながら。


 だけどフレディは私の視線など無視して、私を真っ直ぐに見据えて言った。


「もちろん、この人だ。きみと違って、僕を苦しませることはない。だから、もう…きみとは終わりなんだ!」


『そうよね…今、この時に、一緒に現れて隣に立っているんだもの…』


 思った通りの返事に私はどうしたことか、と困ってしまった。


 シェリーさんは大きな商家から男爵家に養子に入ると同時に、先週学校に編入してきた、金色のふんわりカールした髪に青い瞳の可愛らしい人で、今週に入り、何かとフレディにくっついて歩いていた。年度途中の編入が許されたのだからきっと優秀なのだろう。


 私はブリジットを始めとする仲の良い友人たちから『あの子、気をつけたほうがいいわよ。フレディに注意しなくちゃ、誤解を与えないようにってね』と助言されていた。


 でもまさかあのフレディがと思っていたので本気にしていなかったのだが、どうやら本当だったらしい。私の真っ直ぐな黒髪と茶色い瞳とは似ても似つかないシェリーさんの容姿に少し胸が痛んだ。


 好かれていると、愛されていると思っていたのに、こんな短期間に心変わりされてしまうなんて…。


「そう。とりあえず話はわかったわ…シェリーさん、あなたはそれを了承しているのね?」


 呆然としてしまい、仕方なくそう言った私の言葉を聞いてますます目の周りを真っ赤にするフレディ。気持ちが昂った時の彼の表情だ。


 きっと私が簡単に破棄を受け入れたように見えたのだろう。でも、私だって心の準備ができていればもっと別のことが聞きたかった。でもあまりにも突然で、どう言っていいのかなんてわからない。


 昨日だってフレディの家で一緒に食事を楽しんだのに…。婚約破棄なんて気配は感じなかったのに…。


 私の言葉にシェリーさんは一瞬『え、そんな簡単に?』という表情をしたものの、すぐに気を取り直したのだろう、


「や、やっぱりメリンダ様はフレディ様のことなんて…。ええ、ええ、私、フレディ様の話を聞いて、彼が可哀想でならなかった。だからできる限り彼の望みを叶えたいと思ったの」


と、はっきりと、周りで聞いている興味津々の生徒たちに聞こえるように、そう答えた。


「そう…そうなのね」


「ええ、メリンダ・シャーウッド様、あなたはフレディと同列の伯爵家だからなのかしら、随分と彼を軽んじていたようですね?それがフレディを傷つけてきたのではないのですか?」


「…爵位のことで何かを言ったことはないわ」


「婚約者のフレディ様を蔑ろにしていたとは思いませんか?」


「そう…かしら?そんなこと…」


 確かにフレディと同じだけの愛情を返していたかと言えば、そうではないかもしれない。だけど、私なりに彼を大切に思ってきたつもりだ。内心そう考えているうちにも彼女シェリーさんは続けた。


「いいえ、フレディ様は言っていたわ。


『メリンダは僕と話すよりも他の人と話す方が楽しそうだ』


『メリンダは僕が勧めても選ばないのに、他の人が同じ物を進めるとそれを選ぶ』


『メリンダは僕との将来に興味がなさそうだ』


 そして、ついに、今日はこう言ったのよ。


『メリンダが僕以外の男と抱きしめていた』


ってね!」


 シェリーさんのその言葉で、私だけでなく、周囲の言葉が凍りついたことが感じられた。



『まさか…メリンダさんが…?』


『あんなにもフレディに尽くされてきたのに?』


といった声もあがっている。これまでの私達のことを知っている友人たちだろう。


 他の男の人を抱きしめた、そんな覚えは無かった私だが、とにかく、彼女の言葉にあった昨日のことを思い出そうとした。そして、


「昨日…?あっ…」


と、思い当たった出来事に、驚きのあまりつい声に出した。そして同時に彼女の言うフレディの悩みや苦しみの原因も理解できた。


 その私の様子に周りからは『まあ…』『まさか…本当なの?』『嘘だろ?』と先程よりもはっきりと困惑や非難の色をのせた言葉があがった。


 シェリーさんは場の雰囲気に後押しされるように続ける。


「どうやら、思い出したようですね。


 なんて可哀想なフレディ様。聞けば心からメリンダさんを愛し、大切にしていらしたようなのにその仕打ち。


 だから私はフレディ様にそんな酷い婚約者と結婚してもあなたの心は安らぐことはないって、この先ずっと苦しい思いをするわって伝えたの。


 そうしたら、フレディは泣いたのよ。私の前で。『苦しい』って。ずっとこんな気持を抱えて生きていくのは辛すぎるって。


 だから、私ならそんな辛い思いをさせることはないって言ってあげたわ。その言葉にフレディは私を見て、


『そう…君となら…そんな苦しい思いはしないのか…?』

って言ってくれたのよ。


 もうわかったでしょう?彼の気持ちが。早く、フレディを解放してあげて!」


 カフェテリアの中は静まり返っている。いつの間にかフレディと呼んでいる彼女は真剣に見える。


 腕を掴んでいるシェリーさんに名前呼びを許している彼に寂しさを覚えつつも、私がそんなにも彼を苦しめていたことが悲しくなった。


 それでもこの状況をこのままにはしておけない。原因もわかったことだし。


 私はフレディに訊いた。


「フレディ、もしかしたらこれが最後になるかもしれないから、確かめてもいいかしら?」


「…ああ」


 周りの生徒たちに聞かせるようなことではないが仕方がない。フレディには今以上につらい思いをさせるかもしれないけれど…。でもこのまま解散して私にとって不名誉な噂が広まってしまうのも困るのだ。


「他の人の前で話すことではないけれど…シェリーさんの誤解も解きたいから。


 ええと、まず、『メリンダは僕と話すよりも他の人と話す方が楽しそうだ』っていうのは、もしかして先週末視察に行った領地で、私が牛の話に夢中になってしまったことかしら?」


 私の質問に、周りから『え…?』『牛…?』とつぶやきがもれる。


「そうだ!きみは僕を放っておいて、牧場主と長く長く話して、最後は牧場主かれの家で夕食を食べたじゃないか!」


かれって牧場主はあなたのところの大切な産業を支える領民でしょう?食事だってあなたも一緒だったし」


「だって、せっかく初めて二人きりで領地に行ったのに!それに本当ならその日はっ」


「ええ、二人でお揃いのアクセサリーを買う予定だったわ。それは謝ったでしょう?そしてそれは次の日に行ったじゃない」


「…」


 会話の内容と悔しそうなフレディの様子から、周りの緊張がどっと緩んだことが感じられる。


「じゃあ次ね。フレディ、もしかして、『メリンダは僕が勧めても選ばないのに、他の人が同じ物を勧めるとそれを選ぶ』っていうのは、その日の買い物のことじゃないでしょうね?」


「…そう、だよ」


「もう…あなたが選んでくれたガーネットは学生の私達にはちょっと高価すぎるんじゃないかってお店の人に聞いただけじゃない。


 それだって『卒業したら成人ですし、これから使うには丁度良いかと』って言ってもらえたから、買ったでしょう?ちゃんとお揃いで」


「だって、僕がせっかく領地で産出された中から吟味して選んでおいたのに!」


「もちろん嬉しかったわ。でも色味が他のと比べて…あなたの瞳のように深い赤で…だから高価なんじゃないかって思ったの。ひと目で気に入ったけれど、そう言ったらあなたのことだから無理をしてでも買ってしまうのではないかと思ったし…だからお店の人に確認したのよ?」


「…」


 黙り込むフレディに、周りの空気が『あー…』という感じになった。シェリーさんは『どういうことか』と眉根を寄せて話を聞いている。ええ、そうよね…。でもここでやめるのは中途半端だわ。彼女シェリーさんには悪いけど。


「そしてフレディ、『メリンダは僕との将来に興味がなさそうで』というのは、あなたがずっと気にしている寝室の壁紙の色のことかしら?あなたが深い緑がいいと言うから私は『それでいいと思うわ』って答えたけれど。十分ではなかったということ?」


「…っそうだ。だけどそれだけじゃない。きみはいつも『それでいいと思う』と答えるじゃないか。壁紙も、ソファも、絨毯も、僕は君と過ごすことを、過ごす部屋をこんなにも楽しみにして検討に検討を重ねているのに!」


「…それは…嬉しいけれど、私、本当にフレディ、あなたの好みを信用しているの。だからあなたが誂えてくれるお部屋が楽しみだわ。それでもダメなの?」


 そう答えつつ、寝室の内装のことなので私の顔はちょっと熱くなった。だって恥ずかしいもの。


 フレディは私の言葉に、ますます目の周りを赤くする。今にも泣いてしまいそうだ。


 周りの生徒の中には『なんだよ』『結局いつものか…』とその場を去る者もあらわれた。そうでしょうね…。お騒がせしてしまって…。


 と、その時だ。


「でっ、でもっ!!他の男の人を抱きしめていたんでしょう?それはどうなのよっ!!」


というシェリーさんの言葉に、一度は去った人達も『おっと、そうだった。一応聞いておくか』という雰囲気で戻ってきた。


 そうね、それもはっきりさせておかなくては。ああ、可哀想なフレディ。


「ねえ、フレディ、『メリンダが僕以外の男と抱きしめていた』っていうのは、まさかと思うけれど、昨日、あなたの家であなたの弟のジェイミーを抱っこしたことじゃあないでしょうね?」


「えっ?おっ弟っっ???」


 流石にシェリーは驚き、フレディの腕を離して彼を見上げた。フレディは彼女を見ることもなく、


「そうだよ…ジェイミーだって立派な男じゃないか…」


と振り絞るように声を出した。その様子に私は努めて優しく、


「ねえ、フレディ、ジェイミーはまだ2歳よ?」


と言った。


 いつもならば私の声には呆れる気持ちがのるのだが、今回はこれだけの騒ぎになったので優しさだけを込めた。


 この時点で、ため息と共にほぼ全ての生徒が私達から離れて行った。いや、離れたのは周りの人達だけではない。


「フ、フレディ様…?メリンダ様が弟さんを抱っこすることもおつらいのですか?」


 すっかりフレディから距離を取って、彼に見慣れない動物を見るような視線を向けているシェリーさんが訊いた。


「メリンダ…僕は例え弟だって嫌なものは嫌なんだ!それをわかってくれないきみと一生暮らすなんて、僕には無理だ…毎日が苦しすぎる…」


 とうとうフレディの目から涙が溢れた。その涙は止まることがない。


 その姿を見てシェリーさんが半目になりながらハイと片手を挙げて言った。 


「…フレディ様、あの、もしかしてなんですけど、私と結婚したら苦しい思いはしないって、私が誰と何をしようと気にならないからってことだったり…?」


「っ…うっ…ぼっ…僕をこんなに苦しめるのはメリンダだけなんだ。メリンダだけが僕をこんなにも苦しめるんだ…」


 泣きながら、私を見つめながら答えるフレディの横顔を5秒間見つめた後、シェリーさんは無言で彼の足を踵でグリグリッと踏みつけた。


「うあ゛ぁっっ!!!!」


 呻いてかがみ込んだフレディを尻目にシェリーさんは私にお辞儀をすると


「編入したてで右も左もわからず、大変失礼いたしました。


 今週、フレディ様が、四六時中『メリンダが…』『メリンダが…』ってブツブツ上の空で呟きながら校舎内を歩いていたので、気になって後をつけていたんです。


 その…正直最初は素敵な方だなぁって思ったところもあって…。相談にでものれたら少しはお話ができるかも、なんて思ってしまって。

 

 でもだんだん内容がわかってきたら、本当に可哀想に感じてしまって、何か力になれればと思っていたのですけれど…とんだ取り越し苦労、大きなお世話だったようです」


と申し訳なさそうに謝った。


「え…いいえ…その、フレディのことを心配してくださっていたのですね。ありがとうございます」


 シェリーさんは苦笑しながら頭を振って、


「私がフレディ様に相談されたわけではなく、単に一人で呟いていたのを後ろで聞いていただけですので。誤解を与えるような言い方をしてしまい申し訳ありません。


 今日こんなことまでしでかしたのは『他の男を抱きしめていた』という言葉つぶやきに、流石に『そんなことがあってはならない』と思った私の暴走です。まさか相手が弟で2歳児だなんて…。


 お騒がせして本当に申し訳ありませんでした。私はもっと学校や貴族の生活について学ばなくてはと反省しました。


 どうぞお二人、お幸せに」


 彼女は遠い目をして繰り返し謝罪した後、踵を返すと、さっさとカフェテリアを出て行った。


「あ、そうだ。フレディ様、多分、私の名前もはっきり知りませんよ?」


と言い残して。


 涙を流し続けるフレディに近付き、その手を取った私は彼の顔をのぞき込みながら聞いた。


「…あなたの愛はいつだって重すぎるけど、それでも私はあなたが大切で、大好きで、結婚したいと思っているのよ。


 今回だって、あなたが彼女を連れてきて胸が苦しかったわ。このネックレスを外してしまおうかと思ったくらい…」


 そう言って私が胸元から赤い美しいガーネットが嵌ったネックレスを取り出して問う。


「ねえ、フレディ、あなたは違うの?私と婚約破棄、したい?」


 フレディはパッと顔をあげて私を見つめると、また涙を流しながら


「いやだ。婚約破棄なんてしない。ごめん、メリンダ。きみがいい」


と言ってくれた。


 私がヤレヤレと、でも優しく彼の涙をハンカチで押さえていると、友人ブリジットがやってきた。


「やっぱり、こんなことだろうと思った。あんなにメリンダが好きで好きでしょうがないフレディが浮気なんてするわけがないもの。彼女シェリーさん、編入したてだからフレディの激重愛を知らなかったのね。絶対に有り得ないっていうのに。


 でも彼女もこれでわかったでしょう。まぁ、なんとなく変だなとは思っていたようだし。


 メリンダもよ?だから言ったでしょう、気をつけたほうがいいって。見た目だけは王子のフレディだから勘違いさせちゃうって、誤解させたら傷つくのは彼女シェリーさんだって。きちんとフレディに注意すべきだったのよ?」


 ブリジットの言葉に、私も反省して頷いた。


「でもフレディ、流石に公衆の面前にシェリーさんを連れてくるなんて、やりすぎよ。私だったら本気で婚約破棄に応じるところよ?ちょっと、聞いてるの?」


 そういうブリジットに、フレディがなんと


「あの子、シェリーって名前だったんだ…」


と言ったので、私とブリジットは『さっきの彼女シェリーさんの話は本当だったのかと呆れ、そしてものすごく怒ってそれから1週間彼と口をきかないことにした。きっかけはなんであれ、フレディを心配してくれた彼女に対してあまりにも失礼だ。


 フレディは深く深く反省して、私の愛を疑って泣き言を言わないように努力すると誓ったし、私がジェイミーを抱っこすることについては我慢すると言った。でも、


「でもジェイミーは大きくなるだろう…?何歳まではいい、とか決めておいた方がいいんじゃないだろうか?」


と心配したので、ジェイミーを抱っこした後は同じ分の時間をフレディの隣に座って過ごすことにした。フレディは『それなら、まあ…』と満更でもない様子だった。


 シェリーさんとはその後、校舎内で会うと挨拶をするようになった。彼女は順調に学校に慣れ、友人もできたようだ。『最初に良い薬を飲んだからね』と笑い話にしているようで頼もしい限りだ。


 私も、フレディが他の人に迷惑をかけないよう、今よりもっと彼を大切にするつもりだ。甘やかしすぎ?そうかもしれない。でも私だって今回のことで、フレディが大好きで失いたくないって気付いたのだから。

お読みくださりありがとうございました。


フレディのメリンダ溺愛激重行動は校内では有名ですが来たばかりのシェリーは知らなかったための一幕です。だいぶ歳の離れた弟がいるあたり、フレディの両親も仲がいいのでしょう。シェリーが普通でいいそうでもないかなので書いていて楽しかったです。


それにしても、迷惑でも可愛らしい人物を書くのは難しいです。

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