第3話 世の理は私を縛っている
ピコーン。
[水魔法を習得しました]
耳の奥に電子音のような声が響いた。まるで誰かが俺の脳内に通知を送ってきたかのように。
(!?)
「なぜ?急に習得したんだ?」
「水魔法もどきを使ったからか?」
「……本格的にRPGみたいになってきたな」
水を手に入れ、ようやく喉と心に余裕ができた。
立ち止まって空を見上げる。薄く流れる雲の向こうに、町の影がかすかに見える。
「ここでずっとくたばってるわけにもいかない、か」
未知の世界で、初めて“目的地”という単語を意識した瞬間だった。
――その時。
草むらがざわりと揺れた。
次の瞬間、灰色の毛並みをしたウルフが飛び出してきた。
「いったそばから出てきた!?」
全身の毛が逆立つ。背筋が凍る。逃げるなら今だ。
けれど、脳の奥のどこかで別の声が囁いた。
理系としての本能。科学者としての本能。
――[こいつで、実験しろ]。
「まずは先ほど覚えた水魔法!」
頭に浮かんだ文字を叫ぶ。
「ハイドロ!」
「うわぁぁぁっ!?」
自分の手から、信じられないほどの圧力を持った水が噴き出した。
空気が震え、砂埃が舞い上がる。
「すっげぇ高威力!これはいいダメージが出たんじゃ……?」
視界がクリアになり、ウルフを見た。
「……無傷!? なんで!?」
今の一撃は牛が吹っ飛ぶレベルだぞ!?
ウルフは涼しい顔で牙をむく。水が毛皮の表面を滑り落ち、蒸発していく。
その目には「それが何だ?」とでも言いたげな冷たさが宿っていた。
「なぜだなぜだなぜだ」
「俺はまた...死ぬのか?」
もう二度と生き返ることはできない今度こそ俺は確実に死――
ピュンッ――
「グワァアァァ!」
鈍い音とともに、ウルフが横倒しに吹き飛んだ。
その背に、一本の矢が深々と突き刺さっている。
「な、なんだ……矢?」
息を荒げながら、音のした方を振り返る。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
銀色の鎧が陽光を反射し、金の髪が風に舞う。
鋭い眼差しの奥に、冷静な判断と、ほんのわずかな焦りが見えた。
「おい、君! 生きてるか!?」
彼女は弓を構えたまま、ウルフを警戒している。
声は凛としていたが、どこか優しさを帯びていた。
――助かった。
その事実が頭に追いつく前に、膝から力が抜ける。
(……また、生き延びたのか)
空気が静かに戻り、風が草を揺らす。
俺の異世界生活、ようやく誰かとの出会いで幕を開けた。




