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何とも言えないモヤモヤを抱えながら、馬車まで廊下を歩いているとまるで絵本から飛び出てきたような綺麗な少女が目の前にいた。
……彼女のことは知っている。
この国の第三王女。ビビアンだ。
可憐で心優しい。誰からも愛されるお姫様だ。
なんだろう。この人生の差。
どう転んだって私は彼女のような誰からも愛されるような人生なんて送れるはずがない。
努力で埋められる物なら、誰だって努力してそれを補うだろう。
けれど、そうしたところで無意味なことはいくらでもある。
結局、私がどれだけ努力したところでビビアン王女のように誰からも愛される事なんてないのよ。
これが、結論だ。
ぼんやりとしていたら、ビビアンと知らない間にすれ違った。
「……」
ビビアンは、私など視界に入らなかったかのように通り過ぎ、今気がついた。と言わんばかりに声をかけてきた。
「ねえ、お前」
お前。とビビアンに呼ばれて私は一瞬だけ思考が止まった。
心優しく可憐なビビアンの口から出た言葉とは、とても信じられなかったからだ。
天真爛漫だとは聞いたが、無礼な人だとは一度も聞いた事がない。
「お前、トリスタンの婚約者でしょう?」
ビビアンは、国民に向ける。可憐な笑みとは程遠い。蔑むような笑みを浮かべていた。
まるで、どうやって私を傷つけようかと頭の中で考えているかのように見える。
いや、おそらく傷つける言葉を考えているのだろう。
ところで、なぜ彼女は私とトリスタンとの婚約を知っているのだろうか。
「はい、そうですが」
色々と聞きたいことがあるけれど飲み込んで、私は返事をした。
「まあ、何と見苦しい錆色の髪。そんな醜い髪の色なんてスタンには相応しくないわ」
錆色というのは、私の髪の毛の事を言っているのだろうか。
確かに私の髪の色は暗く赤みがかっているが、錆色というよりもワインレッドに近い。
錆色の髪。と言って貶めたいのだろうか。だから何だ。と、私は思った。
そもそもこの婚約はお互いに望んだものではない。
相応しい。相応しくない。などという次元の話ではないのだ。
王命で決められた物で、そこにお互いの意志なんて関係ない。
私が絶世の不細工だったとしても、トリスタンとの婚約は無くならないのだ。
「……」
黙り込んでいると、ビビアンは、忘れていた。と家門について問いかけてきた。
「ところで、どこの家門かしら?」
「ジョリー家でございます」
「ああ、知らないわ。そんな無名の家門がスタンと縁繋ぎになるなんてありえないわ」
家門を答えると、「知らない」と言い出す。
絶対にそんな事はない。わざと言ったのだ。
相手にする価値もない存在だと思わせるために。
そもそも、彼女の先祖のせいで望みもしない婚約をする事になったというのに、……頭が悪いのだろうか?
「まあ、一時的なものだから許してあげるけど、彼は私のものなの」
トリスタンは、自分のものだと言わんばかりだ。
わざわざ逢いにくるということは、それもあながち間違っていないのだろう。
不貞をわざわざ結婚相手に自慢するなんて、恥ずかしくないのか。
生まれ、育ちが良くても人間性というものにあまり関係ないのかも知れない。
可哀想なことにビビアンは、恵まれた環境で育てられたというのに、下劣な人間に育ってしまったようだ。
「彼とは昔から愛し合っていたのよ」
前言撤回。それは気の毒だ。
つまり、私が二人の間に割って入っているような状況じゃないのか。
それは腹を立てても仕方ない。
それでも王命に背くことはできない。
それに、彼女は誇り高い王族だ。
誰よりも自分の立場を理解して、涙を飲んで引き下がるのがまともな王族がする行動ではないのか。
やはり、彼女の人間性は少しどうかと思うという結論に至る。
「そうですか」
言い返す気力もなくて適当に相槌を返すと、ビビアンは無邪気な笑みを浮かべる。
「彼の婚約者として一時的な幸せに酔っていればいいわ。最後に選ばれるのは私だから」
最後に選ばれるというのはどういう意味なのだろうか。
少なくともトリスタンは、私との婚姻を不満に思っているがそれをやめるつもりはなさそうだった。
どうやって婚約を無しにするつもりなのだろうか。
「王命でこの婚約が決まっている事をお忘れでしょうか?」
思わず聞き返すと、ビビアンは怒りで顔を真っ赤にさせた。
「……っ偉そうに!」
偉そうにもなにも、文句があるなら王命を出した国王に言えばいいじゃない。
私に言われても困るわよ。
「でしたら、この婚約そのものを白紙にしてもらえますか?」
「黙りなさい!お前がそれをすれば良いのよ!」
そんなに気に食わないのなら、自分の力でどうにかすれば良いのではないだろうか。
彼女のことを心から愛する国王ならば、過去の王命を捻じ曲げる事だってできるはずではないだろうか。
「……お前さえ死ねば全て解決するわ」
つまり彼女は欲しいものを手に入れるために、自分から動くつもりはなくて、私が死ねばいい。と思っているようだ。
きっと、彼女は今まで自分の手を汚さず周囲に圧力をかけて欲しいものを手に入れてきたのだろう。
彼女もそうだが、トリスタンも卑怯だ。
王命に背く勇気はないくせに、欲しいものは手に入れたい。
あまりにもわがままではないか。
ビビアンに罵倒されながら、トリスタンにどういう事なのか次に会った時に絶対に聞いてやる。と、心に誓った。