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 自分の子供を愛さない親はいない。

 その愛情が歪んだものであったとしても、親は確かに自分の子供を愛するもの。

 それが人としての道理であると誰もが思っている。

 けれど、実際はそんなことなどない。


 ……私は生まれ落ちたその瞬間から、家族から愛されない事が決まっていた。

 それどころか、彼らは私に興味すら示さなかった。

 人にやる物だから、最低限の手はかけてくれたが、それだけだった。

 風邪をひいても顔を見に来てくれることはなかったし、むしろ咳をしただけで「近づくな」と言い。私を病原菌扱いしてきた。


 愛情の反対は無関心。だとよく言ったものだ。


 愛されたかった私は彼らの目に留まりたいがために、必死に勉強などを頑張ってもそれは変わらなかった。


 なぜ無関心なのか、その理由すら知らずに。


 幸いなのか、私に付けられていた使用人がとても優しくて、家族からの愛情を諦める方向に時間をかけてだが、考えられるようになっていった。


 愛情を求めない。彼らを愛さない。と決めた瞬間世界が変わった。


 ようやく諦めることに慣れた頃、家族はようやく私に目を向けるようになった。


 けれど、それは愛情ではなかった。


「お前さえ生まれてこなければ……」


 母は、そう言って私の頬を叩いた。


「王命を果たす前に、いっそのこと死んでくれないか」


 父は、私の死を望んだ。


「いや、向こうでコレが死ねば。向こうに付け入る隙ができます」


 兄は、私の死を利用して家門の立て直しの算段を取る。

 私は、厄介者でしかない存在だった。

 その理由は、とある王命のせいだ。

 何のことはない。

 長年いがみ合っている家門との婚姻のせいだった。

 

 その王命が下されたのは、何百年も前の事だ。

 王家主催の狩猟祭で、私の家門のジョリー家とギベオン家が口論の末お互いが放った魔法が暴発。たまたま近くに居た国王の愛妾に当たってしまい。怪我をしてしまったのだ。


 幸い回復魔法のおかげで傷は治ったが。


 当然、大問題になった。


 本来なら喧嘩両成敗で双方に責任を取らせるべきではあるが、この当時ジョリー家とギベオン家はこの国の双璧と言われるほどに力をつけていたのだ。


 愛妾のために重い処罰をすれば、王家にも締め付けが起こる。

 

 国王は、両家との不仲を解消するために、それぞれ男女が生まれたら婚姻させるという王命を下したのだ。


 けれど、変なところで気が合うのか、示し合わせたかのように生まれてくる子供の性別はいつも同じだった。


 気がつけば数百年の月日が経っていた。


 その月日の間に拮抗していた両家の力は徐々に差がつき始めていた。


 ギベオン家か変わらず栄華を極めて、ジョリー家は少しずつ力を失っていっていった。


 ジョリー家は、双璧と呼ばれるにはもう家門の力はなかった。


 そのくせ、プライドだけは高く。いまだにやめておけばいいのにギベオン家を目の敵にしていた。


「くっ、だらない。過去の栄光に縋り付いてバカなんじゃないの。プライドなんかじゃ、領民の腹なんて満たせないわよ」


 私が自分の家族に対してそう思っていた。

 身の丈に合った行動を取ればいいのに、そんなこともできない。


「だから、家門の力がなくなっていったのよ」


 時代に取り残された奴はすぐに消えてなくなる。

 歴史書のどれを読んでも結末はいつも同じだ。


 ジョリー家とギベオン家の縁談話はいつも宙ぶらりんで、結ばれることはなかった。


 しかし、めでたいことに、ジョリー家に女の私が生まれた事により、ギベオン家の子息との婚約が決まった。

 まあ、これだけなら愛情のない政略結婚だ。


 しかし、問題があった。


 ギベオン家の子息には恋人がいた。


 それも、この国の誰からも愛される第三王女だ。


 ギベオン家の子息トリスタンは、ギベオン家を継ぐ長男だ。

 私よりも3歳上で、弟は私と同い年だ。

 王命とはいえ数百年前のもので、ジョリー家の力も落ちているので婚約は結ばれないものだと私は思っていた。

 数百年前の王命は、もう時効ではないだろうか。

 そもそも、ジョリー家にはそんなに力もない。

 

 けれど、トリスタンではなくて弟のギルバートとの婚約が結ばれるものだと周囲は思っていたようだ。

 トリスタンとの婚約が結ばれたと知った時は、かなり面食らったのを覚えている。

 家を継ぐ予定の結婚相手に、過去の栄光に縋り付く化石のような家門の女を当てがうなんてあり得ない。

 もっと、他に相応しい人ならいくらでもいるだろう。と、そう思っていた。

 血の繋がっただけ人たちは、ギベオン家の中枢に私を送り込めると喜んでいたけれど。

 血の繋がっただけの人たちの反応を見ながら。


 本当に救うことのできないどうしようもない人間はこの世に存在するのだと、私は思った。


 ……それを口にできない気の弱い私がとても嫌だった。

 

 初めてトリスタンとの顔合わせの日、私はこの結婚はうまくいかないとすぐに理解した。

 あれは、三年前、私がまだ15歳だった時の話だ。


「はじめまして」


 挨拶と共に、トリスタンに軽く自己紹介しても、彼は表情も変えずに私のことを見ているだけだった。

 普通、こういった時は悪感情を抑えてでも笑顔を見せるものではないのか。

 取り繕う気すらないなんて、この男はどうしようもなく幼稚な人間だと思った。

 きっと、血の繋がっただけの人たちと同類なのだろう。

 その様子から彼も私との婚約に不満を持っているのが容易に想像ができた。


 そんなにこの婚約が不満ならしなきゃよかったのに……。


 彼には弟がいる。

 その弟が婚約しても王命を守ったことになるはずだ。

 それなのに、なぜ?

 そう考えてすぐに答えが浮かんだ。


 弟と彼は仲が良いのだろう。

 大切な弟といけすかない家門の家の娘の私と婚姻させるくらいなら、自分と結婚した方がマシだと彼は思ったのだ。きっと。

 なんという素晴らしい自己犠牲の精神なのでしょう。


 まだ、何もしていないのに一方的に悪人と決めつけられた私の立場とは。と思わなくはないけれど。

 結局、どこに行っても私は厄介者でしかないのだ。

 

 そう思うと、血の繋がった人たちから全く顧みられていない自分は情けなくなってくる。

 トリスタンの軽い自己紹介を聞きながら、気分は少しずつ落ち込んでいく。

 話し方、表情からも私という存在を受け入れていない様子なのが見て取れた。


「……」


 お互いの自己紹介が終わると、私たちの間に静寂が訪れる。

 これじゃあ、婚約の顔合わせというよりも、気に食わない相手とお茶をしているような雰囲気だ。

 トリスタンは不躾に私の顔をずっと見ている。

 何か言いたそうなわけでない。

 ただ、見ているだけだ。

 なるべく目を合わせないように下を見ているけれど、ずっと向けられる視線に耐えきれなくなって、私はとうとうトリスタンに声をかける事にした。


「あの、何でしょうか?」


 トリスタンは、私に声をかけられると思っていなかった様子で少しだけ驚いたような顔をした。


「別に、見ているだけだ。次からは本でも持ってきたらどうだ?」


 何が言いたいのだろうか。

 お前と話す価値もない。時間の無駄だから本でも読んでいろ。とでも言いたいのだろうか。

 あるいは、ジョリー家の娘のお前から知性を全く感じられないから、本でも読んで少しでも頭が良くなれ。と言いたいのか。

 頭が良くない事は認めるが、高等度な嫌味を言うのはやめてほしい。


「は、はあ」


 曖昧な返事をすると、トリスタンはとんでもないことを言い出した。

 

「交流は最低でも月に一回、増えることはあっても減ることはない。強制だ。逃げようと思うなよ。体調が悪い時は休んでもいい」


 それは、婚約者との顔合わせ。というよりも強制的な面談に近いのではないか。

 逃げると思っているのか。

 色々と言いたいことはあるが、拒否しようにも私には何の力もない。


「わかりました」


 ため息混じりに返事をするとトリスタンは、ギロリと私のことを睨みつけた。


 私のことが嫌いなら婚姻の日まで会わなければ良いのに。


 そう言いたかったが、私は言葉を飲み込んだ。

 初めての顔合わせは、気まずい空気で終わった。

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