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ファンタジー好きの俺、設定ガバガバな異世界に召喚されてぶちギレる。~こうなりゃ俺が本格ファンタジーの真髄を叩き込んでやる~  作者: 中島健一


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第9話 なろう系

 半透明の画面が将太の視界に浮かぶ。文字が刻まれる。


『太陽の怒りが空気を灼き、炎の嵐が獣を灰に変える』


 森の開けた道で、三体の狼型モンスター──ヴァルグウルフ──が咆哮を上げる。灰色の毛皮は鋼のように硬く、赤い目が殺意を放つ。牙が剥き出しとなり、地面を抉る爪が土を跳ね上げる。だが、画面の詩が発動する瞬間、空気が一気に熱を帯びる。陽光が収束し、まるでレンズで集めた光のようにヴァルグウルフを包んだ。毛皮が焦げ、煙が立ち上る。一体が吠えながら将太へ飛びかかるが、炎の波が襲い、中空で灰と化す。二体目が逃げようとするも、熱波に飲み込まれ、骨まで溶ける。三体目は地面に倒れ、黒焦げの残骸となった。炎の匂いが鼻をつき、森の静寂が熱風に震える。


 将太は息を整え、額の汗を拭う。ヴォルンドが目を輝かせながら言った。


「勇者様、すっごい!」


 モルドレッドは剣を握り直し、黙って遠くを見つめていた。


 再びロリス砦を目指して馬車に乗る。将太は色々とスキルについて考えていた。


【名前:芹澤将太 Lv.99 職業:勇者 HP:9999 MP:9979 スキル:創造】


 クソ雑なステータス──なろう系にももっと凝ったやつがあるくらいだ──ではあるがMPが20減っている。どうやらこのスキルは魔法であり、1回使用するとMPを10消費するようだ。また、創造する対象を動きながら捉えることができない。故に馬車から臨める景色に画面が浮かばなかったのはその為だ。それと、動揺し、泳ぎきった目では画面が現れない。戦闘中、如何に落ち着き、創造する対象を見据えるかが重要になる。


 将太はそう考察しながらも歯痒い思いをしていた。こんなスキルなんていらないし、レベルもいらない。しかしこれのおかげで将太は今生きているし、魔王を倒す使命にも、このスキルとステータスがあれば倒せるのではないかと安心してもいた。しかし本格ファンタジーならば、コイツどうやって倒すんだ?という敵を前にしても主人公達は臆せず立ち向かい、自分の生まれや出自に葛藤するものだが……


 ──こんなスキルやらステータスがなかったら、今頃は不安で眠れなかったろうな……


 王女アイリーンをチラリと見た。こっちを見ている。また、好感度イベントがどうとか言い始めるのだろうと思ったが、王女は言った。


「つまらないわ」


 珍しく将太に意見する。将太は尋ねた。


「何がだ?」


「だって私の出番がないんですもの」


「は!?アンタ、戦えるのか?」


 王女は掌に火を灯す。


「これで私のtueeeところを見て貰おうと思いましたのに」


「なんで王女が魔法を?魔法は宗教的な意味合いとか貴族社会から独立するような形で分布してるのが基本──」


 将太の言う通り、魔法は人間社会から切り離された存在としている作品が多いが、強力な魔法が貴族や王族等の特権階級が独占しているケースの作品を将太は幾つか知っていた為に、言い淀む。


 ──宮廷魔法使いや宮廷魔術師なんてのもいるくらいだ。この異世界でも王族が魔法を使えることは別に変じゃない……


「ちなみにリラゼルは回復魔法の使い手ですわよ」


「はい!これで勇者様の傷を癒してハーレム確定です!それと、またしてもちなみになんですが──」


「まだ何かあんのか?」


「このゴダート王国の言い伝えによると、勇者様と王女様が夫婦となり魔王を倒す伝説が残されているのです」


 将太は理解した。


「なるほどな、だから王女様があんなクソ田舎村に俺を迎えに……って、は?夫婦!?」


 リラゼルは何の疑いを持たない笑顔で応えた。


「はい。夫婦です」


 当人のアイリーンは両頬に手を当てて、身をくねらせながら「もうリラゼルったら~」と言ってから続けた。


「勇者様が、御降臨なさらなかったらあんなクソ田舎行ってませんわ~」

 

 それを聞いたヴォルンドが「クソ田舎…!?」と地味にショックを受けている。


 そんなヴォルンドの背景が不自然に陰りだした。


「ん?」


 かと思えば、翼の音が響く。怪鳥──グリムクロウ──の群れが襲来したのだ。漆黒の羽は煙のように舞い、鋭い嘴が金属のように光る。十数羽が旋回し、高音の鳴き声が空を裂く。


 将太は外へと飛び出し、再び画面を呼び出す。意識を集中し、この巨大な鳥の群を葬る想像をした。画面に詩が浮かぶ。


『雷鳴の槍が天を貫き、嵐の裁きが翼を焼き焦がす』


 空が黒い雷雲に覆われる。遠雷が低く唸り、雲の隙間から稲妻がチラつく。そんな中、グリムクロウが一斉に急降下、将太を狙った。しかしその怪鳥の頭上で雷雲が渦を巻き、稲妻が葉脈のように広がった。最初の雷が落ち、将太を襲おうとした怪鳥の1体を直撃。翼が燃え、悲鳴を上げながら地面に墜ちる。それを機に次々と雷が炸裂し、雷光が森を白く染め上げた。グリムクロウの群れは半数が灰に、残りは逃げるが、追う雷に撃ち落とされた。空気が焦げ、焼けた翼の匂いが漂う。


 ヴォルンドは拳を振りながら叫ぶ。


「勇者様、かっこいい!」


 モルドレッドは蒼白な顔で雷雲を見上げて呟く。


「神の怒りか……」


 アイリーンとリラゼルは言った。


「凄いですわ!これで破滅エンドから回避できますわ!」


「はい!トゥルーエンド確定です!」


 将太は息切れし、胸に軽い圧迫感を覚える。


「スキル…やばいな……」


 馬車に戻った。先程の夫婦の件についてはこれ以上何も話さなかったし、考えなかった。


 そして馬車は中継地点のロリス砦の前へ着いた。


 ロリス砦は高い石壁に囲まれ、鉄の装飾が施された巨大な門がそびえる。門衛の号令で門が軋みながら開くと、眩い光景が広がった。石畳の通りには色とりどりの屋台が並び、商人や冒険者が行き交う。ヴォルンドの村の泥道や粗末な小屋とは対照的だ。村では灰と汗の匂いが漂い、静寂が日常だったが、ここではスパイスと花の香り、笑い声と楽器の音が鳴り響く。建物は白亜の壁と赤瓦で統一され、窓には色ガラスが輝いていた。


 王女アイリーン、モルドレッド、リラゼルは将太を迎えに来た際に一度ここを訪れている為、落ち着いて街並みを眺めていた。対照的に将太とヴォルンドは街の光景に心を弾ませていた。


 アイリーン達は、無事勇者を迎えることができた旨をロリス砦の領主に伝えに行くと言うが、将太は折角来たのだからと言って賑やかな街へと出掛けてみたいと要望を出す。ヴォルンドが「僕も!」と言って将太の要望に賛同した。


 アイリーンは将太の要望に応える。


「別に構いませんわ。ここは砦の中ですので安全ですから」


 そう言ってアイリーンはモルドレッドとリラゼルを連れて、砦の中の城に向かって歩いた。観光が済んだら将太達もそこへ向かうようにと告げられ、将太はヴォルンドを連れ、2人で街を歩いた。


 通りには絹のローブを着た貴族のような者、革鎧の冒険者や麻の服の職人らしき者達が行き交う。人々の表情は活気に満ち、笑顔や好奇の目が交錯する。噴水広場では、吟遊詩人が竪琴を奏で、曲芸師が火の輪をくぐる。子供たちが歓声を上げ、露天の店主が「新鮮な果物はいかがですかぁ!?」と叫ぶ。ヴォルンドは目をキラキラさせながら言った。


「僕の村と全然違う!」


 すると突然、「キャー!」という叫び声が聞こえた。将太が振り返ると、広場のステージで演劇が行われているのを発見する。群衆が集まり、拍手と歓声が響いていた。将太は足を止め、舞台を眺める。


 舞台上では女優が尻餅をつき、暴漢に襲われそうになっていた。そこへイケメン俳優が現れ、観衆が「おお!」と沸く。暴漢は「何だテメェ!?」と絡むが、イケメン俳優は軽く剣を振るい、一瞬の内に暴漢を倒してしまう。


「あれ?そんなに強い力を込めてないのに……」


 イケメン俳優はそう言うと女優が抱きつきながら言う。


「ありがとうございます!」


「いや、それほどでも…」


「貴方様のお名前は何ですか?」


「僕?僕はヒカル……」


「ヒカル様、光の勇者様!」


 この場面で観衆が大いに盛り上がった。


「いいぞ!!」

「ヒュ~!!」

「待ってましたぁ~!!」


 中にはあのイケメン俳優のファンなのか、女が叫ぶ。


「キャーヒカル様~、ステータス開いてぇ」


 ファンサみてぇに言うな!と声を出さずに将太はツッコんだ。ヴォルンドも手を叩きながら将太に説明した。


「すっごい!コレ、光の勇者っていう有名なお芝居ですよ!!」


 将太は思った。


 ──まんまなろう系じゃねぇか!?


 そしてヴォルンドに問う。


「まさかこのまま、こんな感じで魔王まで倒しちまうんじゃねぇだろな?」


「え?こんな感じでってどんな感じのことですか?」


「ヒカルって勇者が何の苦労も、葛藤もせず、簡単に魔王を倒すってことだよ!」


 ヴォルンドはキョトンとしながら言った。


「はい。このまま簡単に魔王を倒しますけど……」


「はぁ!?」


 将太の声に観客が睨む。声を抑え、囁いた。


「それのどこが楽しいんだよ!?」


「え~、だって皆楽しんでますし、スカッとしません?」


 将太は頭を抱える。なろう系の最初から強い主人公は、確かに喜劇としてはアリだ。主人公の正体を知らずに横暴で無礼な態度を取る敵をサクッと倒すシーンは痛快ではある。でも、最後まで苦労なく目的を達成するのは違う。現実には救世主なんていない。将太は自分が受けた虐待と虐めを思い出す。あの時は自分で立ち上がった。自分で立ち上がらなければならなかった。この演劇のように将太を助けてくれる勇者は現れないし、何の努力もなしに敵を倒すことなどできはしない。


 なろう系は快楽を与えるだけで、何も残らない。だが、本格ファンタジーは違う。トールキンの『指輪物語』は、フロドの苦しみとサムの忠誠が心に残り、読む前と後の自分が変わる。ル=グウィンの『ゲド戦記』は、一巻一巻テーマが変わるが、そのどれもが現代社会を生きる人達に向けたメッセージや勇気をくれる。ダンセイニの『エルフランドの王女』は、理想と現実の間で揺れる心を映す。ジョージ・マクドナルドの『お姫様とゴブリンの物語』は他者の言うことを信じる難しさと認めあう素晴らしさが描かれている。


 将太は目の前で行われている演劇を、まるで汚いものを見るかのような目で一瞥し、立ち去ろうとする。


 またも舞台上から「キャー!」と悲鳴が聞こえる。


 将太は思う。


 ──どうせ勇者様が簡単に助けてくれんだろ?見なくたってわかるわ……


 しかし、ヴォルンドが言った。


「何か、様子がおかしいですよ……?」


 ヴォルンドがそう感じたように、観客も何か不安な表情をしている。将太は今一度、舞台上を見る。さっきの女優がまた尻餅を付いて、心配そうに舞台上の勇者様を見ていた。思うに、勇者様役のイケメン俳優が女優を突き飛ばしたように見える。するとそのイケメン俳優が苦しみ始め、胸をかきむしるようにして手を荒々しく動かした。そして女優に襲い掛かる。


「いやーー!!!」


 将太は呟く。


「これって芝居じゃねぇよな?」


 間もなく舞台両袖より他の演者達が止めに入るが、勇者役を止められない。男を1人、2人と投げ飛ばしてから、ゴブリンのような咆哮を上げた。


「ギ、ギャ!!!」


 将太は思い出す。モルドレッドが言っていたことを。


『北の村で夜中に叫び声が響き渡り、朝にその村の様子を見に行った者は、そこの村人達に襲われたようです。なんでも魂をゴブリンと入れ換えられたかのようであっとのことです……』


 そしてその時、カンカンカンと激しく危険を知らせるように鐘が鳴った。


「モンスターの大群が来たぞ!」と誰かの叫び声も聞こえてきた。なんとここ、ロリス砦に、モンスターが迫って来ているようだ。


 将太は密かに眉をひそめた。

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