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第6話 サンドイッチとじゃがいも

 村の広場は、松明の明かりと笑い声で満たされていた。木製の長テーブルには料理が並ぶ。中心には、こんがりと焼けた鹿のロースト。皮はパリッと黄金色に輝き、切り分けるとジューシーな肉汁が滴り落ちる。ハーブと塩で味付けされ、タイムとローズマリーの香りが漂う。その脇には、豚のスネ肉を煮込んだシチュー。豆とタマネギが溶け合い、濃厚な旨味がスプーンから溢れる。また貴族の宴を思わせる一品として、孔雀の胸肉のグリルが彩りを添える。肉は柔らかく、蜂蜜とクローブで甘くスパイシーに仕上げられている。パンは黒麦のライ麦パン、表面は硬いが中はしっとりしていた。バターと一緒に食べると、素朴な香りが鼻腔をくすぐる。野菜はシンプルに茹でたカブとニンジン、ほのかな土の甘さが生きているように感じられた。


 そして、ワイン。木の杯に注がれた赤ワインは、ルビーのように深く輝く。口に含むと渋みが舌を包み、ほのかな酸味が後を引く。もう一つの白ワインは、淡い金色でリンゴとハーブの爽やかさ。冷たくはないが、素朴な料理に寄り添う味わいだ。ここまでは良い。かなり良い。


 ──だけどサンドイッチ、てめぇはダメだ。


 将太は村の少年、ヴォルンドに尋ねる。


「この料理の名前ってなんだ?」


 将太はサンドイッチを指差す。もしかしたら、この世界独自の文化が発達しているのかもしれない。


 ヴォルンドはそれを皿から取って言った。


「え?サンドイッチですよ?」


「なんでだよ!なんでサンドイッチがあんだよ!?」


「なんでって、美味しいからですよ?」


 ヴォルンドは卵とハムが挟まったサンドイッチをかじりながら言った。


「ちげぇよ!サンドイッチは俺の世界のサンドイッチ伯爵がパンに具材が挟まったものを好んで食べたからそういう名前がついてだな──」


「そうなんですかぁ!?勇者様のお知り合いの貴族様が考案したなんて僕、知らなかったです」


 将太はこの少年ヴォルンドに全てを説明するのが面倒になり、サンドイッチの件は流すことにした。


 ──ちなみに俺のようなファンタジー好きには、このサンドイッチの件と同様に、じゃがいもも作中に出すのをタブー視している人もいる。


 中世ヨーロッパの時代、5世紀から15世紀の間が舞台設定ならば、じゃがいもが登場するのは大航海時代の16世紀以降であり、一般的に食べ物として普及するのも大体18世紀頃なので、相応しくないとする意見がある。


 ちなみにトールキンの『指輪物語』にも、じゃがいもが登場人物の口から言及されており、舞台設定と合わないじゃないかと批判を受けている。しかし将太は、『指輪物語』というのは作中の主人公達が書いた本をトールキンが英語で翻訳したという呈をとっているので、訳者であるトールキンが読者に伝わりやすいようじゃがいもとして意訳したと受け止めている。なので将太はじゃがいもに関しては寛容だった。


 しかし──。


「ん?」


 この長テーブルに乗った豪華な料理の間に何やら時代に則さない、明らかにアウトな代物がある。


 それは細長いアルミ缶であった。


 将太が目を凝らすとその缶の前に半透明の画面が出現する。


『エナジードリンク:HPが少し回復する』


 将太は込み上げる怒りを抱きながらそれを手に取ると、鶏の腿肉にかぶりついていたヴォルンドが言った。


「あ!それ、ゴブリンからドロップしたやつです!」


「ドロップってなんだよ!?ゲームか!?」


 将太のツッコミよりもヴォルンドは口に含んだ鶏肉に集中して、咀嚼する。村人然としたやせっぽちのその少年は、頬を膨らませ、目をキラキラさせて「うまい!」と笑う。


 ──コイツ、もしかしたらゴブリンに殺されてたかもしれねぇのに、今じゃ呑気に飯食いやがって……


 その時、王女アイリーンが立ち上がり、杯を掲げる。


「皆さん、勇者様の降臨に感謝を!」


 村人達が歓声を上げ、持っている杯をぶつけ合う。村人の視線から外れた王女は将太に目を向ける。


「予言があったのです」


 将太はライ麦パンをちぎりながら尋ねる。


「その予言ってのは何なんだ?」


 王女は深呼吸し、答える。


「ここに勇者様が降臨なさるという予言です。そして、その勇者様が魔王を打ち倒すと言われております」


「それが俺ってなわけね……」


 将太は赤ワインに口をつけ、グラス越しに問う。


「その魔王ってのは、どんな奴なんだ?」


 内心では少し期待していた。トールキンのサウロンやマーティンの夜の王のような、壮大な敵を想像する。


 王女は言う。


「とても恐ろしい存在です」


 将太は身を乗り出す。


「どう恐ろしいんだ?」


 王女は一瞬目を泳がせ、間をあける。


「…と、とにかく恐ろしい存在です」


「だから、どう恐ろしいんだ?」


 将太は畳み掛ける。孔雀のグリルを口に運びつつ、彼女の反応を窺う。


 王女は唇を噛んでから述べた。


「くっ…そ、そりゃあ、民を苦しめたり?あ~え~っと、殺したり?」


 声が尻すぼみになっていた。


 将太は内心でツッコむ。


 ──女神と同じ反応じゃねぇか!!コイツ、絶対知らねぇだろ!?


 カタカナやカルービを思い出し、この世界のなろう系っぽさに半分諦めつつ、次の質問へ移った。


「その魔王は何が目的なんだ?」


 これくらいは知ってるだろ、と思う。


 だが、王女は再び唇を震わせ、目を潤ませる。自分の無知が情けなくて泣きそうになっている。


「わ、私……」


 と呟き、近くの白ワインを一気に飲み干した。顔が赤くなり、ふらつく。


「あ~、私ったら酔っぱらってしまいましたわ!お願い、モルドレッド?貴方が代わりに説明してあげて!」


 モルドレッド。王女を護衛している戦士のことだ。そのモルドレッドが心配そうに王女を見る。王女は王女でフラフラとした足取りで俺に抱きつきながら言った。


「これで私が、メインヒロインルートよね?」


 その言葉に付き人である女が言った。


「はい!間違いありません!!」


 将太は王女を引き剥がし、イエスマンの付き人に渡した。


 そんなことより将太は、別のことで頭が一杯だった。それはこの護衛の名前がモルドレッドであるからだ。


 ──めちゃくちゃ裏切りそうな名前だな!!


 モルドレッドはアーサー王の甥、もしくは息子として描かれ、『ブリタニア列王史』や『アーサー王の死』では裏切り者として登場する。王に対して謀反を起こし、カムランの戦いでアーサー王に致命傷を負わせるも、討ち取られる。


 その名を冠したモルドレッドが咳払いし、説明を始めた。


「代々伝わる魔王の目的は、ゴダート王国を滅ぼし、すべての民を支配することだと言われております。その軍勢は、ゴブリン、オーク、トロール、時に黒い霧のような影の獣を引き連れ、村々を焼き払い、畑を荒らし、旅人を襲います。7年前、王国の東の森が一夜にして全焼し、500人が消えました。5年前には水の都が壊滅、街を流れる川は氾濫し、死の川へと変わってしまいました。去年は北の村で夜中に叫び声が響き渡り、朝にその村の様子を見に行った者は、そこの村人達に襲われたようです。なんでも魂をゴブリンと入れ換えられたかのようであったと……」


 彼の声は低く、村人たちが静まり返る。


「魔王の正体は不明です。なぜ生まれるのかもわかっておりません。ただ、人間に仇なす存在であることだけは確かかと……」


 将太はワインを一口飲んだ。


「なるほど…その魔王ってのは一定の周期で生まれ、その都度勇者が現れて魔王を討伐しているってことか」


「仰る通りでございます」


 正直、この異世界での期待値は低かったが、モルドレッドの話には引き込まれていた。


 ──正体不明で人間に仇なすってだけなら、ファンタジー小説の序盤じゃよくあることだ。徐々に明らかになるんだろうと思うと、正直そそられる……


 また、最後の村では村人達の魂が入れ換えられたと言っていた。これはファンタジー小説ではよくあることで、有名なのはロビン・ホブの『ファーシーアシリーズ』に出てくるレッドシップの襲撃者の使うフォージドがそれに当てはまる。またアーシェラ・K・ル=グウィンの『ゲド戦記』にも影に触れた者の人間性が失われたりする。


 だんだんとワインの酔いが回ってきた将太は声が大きくなる。


「よし、俺がその魔王、討ち取ってみせるぜ!」


 村人たちが「おお!」と沸き、王女も酔っ払いながら拍手をした。


「勇者様、素晴らしいですわ~!そう思わない?」


 付き人に尋ねた。付き人は言う。


「はい!きっと俺tueeeで最強だと思います!」


 ヴォルンドも鶏肉を手に拍手し、シチューで口を汚しながら笑う。だが、モルドレッドは静かに言う。


「明日より我々と共に王都へ向かってもらおうかと存じますが、付き人がおりません。私は護衛や馭者として働くゆえ、できればこの村で誰か一人──できれば若い男が良いのですが、付き人として連れて行きたいと考えておりまして……」


 将太はノータイムで答える。


「んじゃ、コイツを連れてく」


 隣で鶏肉にかぶりつくヴォルンドを指す。ヴォルンドはシチューまみれの口で「へ?」と間の抜けた声を上げた。

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