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第5話 ガバガバ設定

 芹澤将太は少年の服を見つめ、目を疑った。煤で汚れたボロ布に見えたそれは、よく見ると中世ヨーロッパのチュニックやカミーズ(肌着で膝丈までの長さのもの)、ダブレット(上着)とはまるで違う。襟の形はシャツに近く、縫い目は細かく機械的。ボタンもついている。中世ヨーロッパではボタンではなく紐やピンで止めていた。ボタン配置も妙に均一で、まるで近代の工場で作られたような質感だ。


「おい、ちょっと待て!これ、何だよ!?」


 将太は思わず叫ぶ。


「この服、中世ヨーロッパ時代のもんじゃねぇ!麻のチュニックとか、羊毛のホース(ズボン)とかだろ!?なんでお前、こんなヴィクトリア朝っぽいシャツ着てんだよ!?これ、量産品の匂いがプンプンするぞ!」


 少年はキョトンとして首をかしげるだけだ。


 将太は視線を村に移す。家々は木造だが、よく見ると中世の粗い丸太組みとは違う。窓はガラスであり、角がやけに直線的で、屋根の板は均等に切り揃えられている。


「待て待て、これもおかしいぞ」


 石造りの基礎に、釘で打ち付けられた木材。まるで近代の木造建築だ。


「なんでこんな…アメリカの開拓村みたいな家なんだ!?」


 ふと、将太は思う。


 ──もしかして、この世界、俺が思ってるより近代に近いんじゃねぇか?


 頭がぐるぐるする。将太はもう1つ気になったことを少年に尋ねた。


「なあ、お前」


 少年は将太に目を合わせる。


「今日って何の日だ?」


 少年は不思議そうな顔で答える。


「普通の日ですけど」


 将太はイラッときた。普段こんなことでイラッとはしない。このガバガバな設定の異世界にイラッとしているからこの少年に当たってしまったのだと、自戒する。だから穏やかに訊いた。


「いや、こよみについて訊いてるんだ」


 少年が口を開く。


「今日は第3──」


 将太は内心で懇願する。


 ──流石に第3火曜日とか言うのはやめてくれよ……


 少年が言う。


「第3カルービです」


「火曜日っぽいな!」


 将太は叫ぶ。


「なんだよ、カルービって!カルビか!?ここはお肉の国か!?めちゃめちゃ火曜日っぽいじゃねぇか!なんなんだよこの世界!」


 ツッコミが止まらない。少年はただ笑うだけだ。


「勇者様って何だか面白いですねぇ!」


「面白くねぇよ!!」


 少年は続けた。


「今日がカルービで、明日がロースで明後日がチキンですね」


「献立か!?てか今日と明日は肉の部位なのに、なんで明後日がチキンなんだよ!?急な肉の種類やめろ!!」


 将太は苛立ちながらも次々と気になることを思いつく。


「…お前、名前は何て言うんだ?」


 少年が答えようとすると、「ちょっと待て」と遮る。近くの木の枝を拾い、少年に渡した。


「これでお前の名前を地面に書いてほしい」


 そうは言ったものの、もしかしたら少年は字を書けないかもしれないといった不安が過った。しかし少年は「うん、いいよ!」と気持ちよく頷き、地面に文字を刻み始める。刻む速度に合わせて、ゆっくり口にした。


「ヴォ、ル、ン、ドって言います!」


 将太は地面の文字を見て絶句した後、叫んだ。


「カタカナかい!!」


 頭を抱える。


「あー、終わったー。俺の異世界生活……独自の文字とかにしてくれよ!それかせめてルーン文字とか古代文字とか、ラテン語とか!なんでよりにもよってカタカナなんだよ!」


 だが、ふと我に返る。


「ん?ちょっと待て、ヴォルンドだと?お前、ヴォルンドっていうのか!?あの伝説のエルフの鍛治師と同じじゃねぇか!?」


 ヴォルンドは北欧神話に出てくる伝説の鍛冶師だ。エルフとも人間ともされる英雄で、神々のために剣や宝具を鍛えた。傷ついた翼を自ら作り直し、空を飛んだ物語は、本格ファンタジー小説に出てくるようなエルフの気高さを思わせる。


 将太の言葉に、少年は頬を赤らめる。


「僕と同じ名前のエルフの方がいるんですかぁ?え~なんだか嬉しいな、えへへへ」


 将太は目を細める。藁のような髪に、そばかすだらけの顔、これと言って特徴のない如何にも──王女様の言葉を借りるなら──クソ田舎少年、といった顔立ちだった。


「ダメだ。お前にはこの名は贅沢すぎる」


 少年から枝をひったくり、地面に少年の書いた『ヴォルンド』の文字を消す。そして、新たな名前を隣に刻む。


「今日からお前はサムだ!」


「え~!?」


 少年が抗議するが、将太は押し付けた。


「わかったな、サム!」


「え~、僕はヴォルンドですってばぁ~」


「黙れ、サム!」


 将太がまくし立てると、村の中心から声が響いた。


「勇者様!宴の準備ができましたよ!」


 村人達が笑顔で手招きする。大きな鍋から湯気が上がり、焼けた食材の香りが漂う。将太は少年を振り返りながら呼んだ。


「行くぞ、サム!」


 少年は「ヴォルンドですよ!」と言って、宴の会場まで歩いていった。宴の喧騒が近づく中、将太の胸にはまだ、カルービとカタカナの違和感がまだまだ残っていた。

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