第3話 襲撃
村はゴブリンの襲撃に揺れていた。木造の家々が立ち並ぶ広場は、叫び声と金属のぶつかる音で満たされている。ゴブリンの甲高い「ギャッギャッ」という不気味な響き、村の男達は農具や木の棒を手に必死に抵抗していた。
芹澤将太は森を抜け、開けた村の光景に飛び込んだ瞬間、その混沌に目を奪われた。
「何だ、この騒ぎわ!?」
将太は息を切らせながら叫ぶが、誰も何も答えてはくれない。そうこうしていると視界の端で、3体のゴブリンが1人の少年を追いかけ回しているのが目に入る。緑色の皮膚をした山羊のような瞑れた黒目と口元を嫌らしく歪ませながら少年を追っていた。少年は必死に走るが、つまずき、地面に転がる。
「うわっ!」
少年が悲鳴を上げ、追い付いたゴブリンが短剣を振り上げる。死を覚悟したように目を閉じる少年。だが、その瞬間、将太が動いた。
「おい、待てって!」
将太は手に持った木の枝を振り、短剣を振り下ろそうとするゴブリンの頭に叩きつける。ゴブリンは「ギャッ」と鳴いて転がった。
将太は思う。
──あれ?俺とコイツらの距離が一瞬で縮まったような気が……
だがその疑問を思考する間もなく、他の2体のゴブリンが攻撃を仕掛けようとしてくるが、先んじて将太は連続で枝を使って攻撃した。あっという間に3体とも地面に倒れ、動かなくなる。
「ふう…やっぱ雑魚だな」
将太は息を吐く。少年が恐る恐る目を開け、将太を見上げた。
「大丈夫か?」
将太が声をかけると、少年は立ち上がり、目を輝かせて言う。
「ありがとうございます!貴方…もしかして勇者様ですか?」
「勇者様?」
将太は首をかしげた。
「いや、俺はただの──」
と口にしかけた瞬間、女神マアナとのやりとりが脳裏によぎる。あの白い空間で見た半透明のステータス画面。そこには確かに【職業:勇者】と書かれていた。
「マジか…勇者って、俺のこと?」
そう呟いたその時、村の中央に建つ一際大きな家から、赤い炎が轟々と噴き上がった。黒煙が空を覆い、木の焼けるパチパチという音が響く。少年がハッとして叫んだ。
「あ、あそこに王女様がいるんです!もし貴方が勇者様なら、助けに行ってあげてください!」
将太は目を丸くする。
「王女様!?何でこんな何もねぇ田舎村に一国の王女殿下がいるんだよ!?これだからこの世界は……王女なら城か、せめて城塞都市にいるだろ!?」
呆れながら毒づいた。だが、炎はどんどん燃え盛る。ステータスに『勇者』と書かれた事実が、頭から離れない。
「くそっ、俺がやるしかねぇのか!?」
将太は辺りを見回す。ゴブリンがやって来ないかを確認した後、少年に「ここで待ってろ!」と言い残して走り出した。
大きな家の周囲では、村人達がゴブリンと戦っていた。農夫や若者が鍬や棒を振り回す中、1人の男が目についた。銀色の鎧に身を包み、長剣を手にゴブリンを次々と斬り捨てている。将太は思った。
──この人、戦士だ!?
身のこなし、長剣の振り方、ゴブリン達に囲まれまいとする足の捌き方。黒髪を振り乱しながら戦っている。
「おぉ、かっけぇ!?」
この戦士は火の上がった家に向かいながら戦っている。
だが、ゴブリンの数が多く、戦士は家に近づけない。将太は勘付いた。
──あの戦士は、王女の護衛だな。家に入って早く王女を救い出したいのに、ゴブリンが邪魔してんだ……
「しゃあねぇ、俺が片付ける!」
将太は叫び、戦場に飛び込んだ。まず厄介なのは火の手を上げたと思われる火矢を使うゴブリンだ。将太はまずそのゴブリンから倒そうとした。
走り、向かって来る将太にゴブリンは火矢を放とうと矢を構え始める。
「マズッ!?」
将太は怯んだがしかし、放たれた矢は将太が想定していた速度よりも遅い。簡単に避けることが、いや掴むことができた。自分の後ろにいる村人に当たったら大変だ、と考えることすら将太にはできた。
将太は放たれた火矢を掴む。
「あっつ!!」
それを早く手放す為にも矢を放ったゴブリンに向かって投げた。ゴブリンのあの特徴的な山羊の目に突き刺さる。脂染みたゴブリンの肌に火の粉が振りかかり、火が灯った。
将太は自分の動体視力に驚きながらまたしてもステータス画面のことを思い出した。
そうである。将太のレベルは99なのだ。
──本格ファンタジーには要らねぇつったのに!?てか、じゃああの時樹木に浮かんだ画面は何だったんだ?
しかし、それを考えるのは今ではない。将太は戦士に加勢し、その辺に落ちていた枝を拾い上げ、振り回す。
1体をその枝で叩き潰し、別のゴブリンの振り払った短剣をかわして腹を蹴る。戦士は将太の加勢に驚き、目を合わせるが、将太は「ほら、早く行け!」と叫ぶ。
戦士は「かたじけない」と言って、火に包まれた家の扉まで走った。将太も残りのゴブリンを片付けて、直ぐに向かった。
戦士が扉を蹴破り、中の様子を覗いている最中に、将太も追い付く。
「殿下!!」
戦士は呼び掛けるが、中から吹き出す煙に咳き込んだ。将太もその煙にやられた。
「げほっ!やべえ、煙が!」
腕で口元を覆い、中をよく観察する。熱気と煙の奥に人影が見えた。少女とその従者が怯えた目でこちらを見ている。室内を轟々と燃やす炎の揺らめきが彼女の瞳に反射して光って見えた。豪華なドレスではないが、清楚な服に身を包み、付き人らしき女が彼女を守るようにして立っている。
「あれが…王女か?」
将太が自分の思いを思わず口にしたその時、戦士が「殿下!」と叫び、家屋へ突入しようとした。しかしその瞬間、天井の梁がガラガラと崩れ落ちた。炎と煙が一気に広がり、王女たちの姿が見えなくなる。
「くそっ!」
将太は毒づいた。戦士が「殿下ぁぁぁ!!」と叫びながら家の中へ飛び込むが、将太がそれを止める。
「放せ!!このままでは殿下が!?」
「落ち着け!ここ以外に出口はねぇのか!?」
戦士は「知らん!」と怒鳴り、将太の押さえる手から逃れようとしている。将太は焦った。まずはこの厄介な火の手を止めなきゃと思うが、どうすればいい?この村に火消しの為の水源はない。空を見上げ、雨でも降らないかと願うが、青空には雲一つない。
「ちくしょう、ご都合主義の異世界ならここで雨が降っても良いだろうが!?」
だが、その時、視界の隅で何かが光った。空に、半透明の画面が浮いている。樹木の前で見た、あのステータス画面に似ていた。
「何だ、あれ…?」
将太は未だ火に飛び込もうとする戦士を押さえながら目を凝らす。画面には文字らしきものが揺らめいていた。
『空』
空と書かれているステータス画面を凝視した。すると画面が広がり、文字が刻まれる。
『創造しますか?』
脳で解釈するよりも将太は直感で理解した。
「これって…もしかして…」
将太は一か八か賭けることにした。