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ファンタジー好きの俺、設定ガバガバな異世界に召喚されてぶちギレる。~こうなりゃ俺が本格ファンタジーの真髄を叩き込んでやる~  作者: 中島健一


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第29話 逃避

 闇がノースエッグ砦を深く包み込み、星々さえもその光を差し伸べぬかのように隠れていた。将太は、自らが地獄の業火をもって落としたその砦の光景に、茫然自失としていた。夜の帳の下、竜の吐いた炎の余韻が、今も地面の所々で赤黒いマグマとなって輝き、煙は断え間なく、まるで亡者の魂が天へと昇るかのようにたゆたっていた。


 かつて堅牢であった石造りの家々は、無残にも崩れ落ち、瓦礫の山と化している。数多の兵士が行き交ったであろうこの道には、黒焦げになった無数の軍靴の跡が残されていた。そこかしこに横たわるのは、竜の炎に焼かれ、炭と化した兵士たちの亡骸。砦に聳えていた尖塔は崩落し、その下敷きになった兵士の死体も見える。


 そして、将太の視界の片隅に、兵士ではないただの住民の死体が目に飛び込んできた。彼は一瞬、疑問を抱く。


 ──なぜ、ここに一般人が?


 しかし、彼の認識とは裏腹に、これらの『一般人』に見える者たちは、ただの盗人であった。彼らは欲をかき、戦火から逃げ遅れ、竜の炎の餌食となったり、あるいは転倒したところを撤退する兵士たちに踏み潰された者達だった。中には、女の盗人もいた。だが、将太の目には、彼らすべてが無辜の民のように映っていたのである。


 そして極めつけは、砦の奥で発見された、ノースエッグ砦の領主、キャラハン卿の姿であった。彼は黒焦げとなり、その傍らには、同じく黒焦げとなった少年がいた。まるで親鳥が雛を守るかのように少年は抱きかかえられていた。将太は息を飲んだ。彼のスキルによって、その黒焦げの少年の名が、半透明の画面に映し出される。


【名前:ニッグ・キャラハン Lv.11 職業:領主の息子 HP:0 MP:20 備考: 焼死】


 将太は無意識に手を翳し、その画面から『焼死』の文字を消し去ろうとした。だが、スキル『創造』の力をもってしても、死者を生き返らせることはできない。それでも、彼はニッグを、キャラハン卿を、そしてここに横たわるすべての者達を、生き返らせたかった。胸の奥底から込み上げる激しい後悔が、将太の心をさいなんだ。自らがしでかしたことの重さに、彼は打ちひしがれる。


 しかし、その激しい自責の念は、やがて別の感情へと変質していく。


「いや……違う!俺が悪いんじゃない……ここにいるのが、いけないんだ!」


 彼の心は、自らを責める苦痛から逃れるかのように、他者に責任を転嫁し始めた。


「俺は悪くない!避難を指示したのに……コイツらがそれを無視したのがいけないんだッ!」


 将太の叫びが、焼け焦げた砦の瓦礫に虚しく響き渡る。その時、闇の中から、モルドレッドが姿を現した。焼けただれた死体と、くすぶる煙が立ち込める光景とは対照的に、モルドレッドの顔には、奇妙な高揚感が漂っていた。


「将太よ、今日の功績、見事であった!我らの計画は、まさに寸分の狂いもなく進んでいる!」


 モルドレッドは興奮冷めやらぬ様子で、将太の創造した竜の素晴らしさを称賛した。彼の瞳は、歓喜に煌めいている。そして、その視線を壁の上で寝ている竜のモービアスの方向へと向け、将太に尋ねた。


「ところで、あの竜は倒せるのか?」


 将太は放心したかのように、乾いた声で答えた。


「あれは……ベオウルフのドラゴンも、ヴォルスング・サガに出てくるドラゴンもそうだけど、弱点の下腹部にある傷を突けば倒れるようになってて──」


「なるほど!腹が弱点なのか!?」


 モルドレッドの声が、将太の言葉を遮るように響いた。2人の間に流れる空気は、まるで異なる次元のようだった。一方は深い絶望と自己嫌悪に沈み、もう一方は勝利への興奮に酔いしれている。焼け焦げた死体の匂いが漂う中、モルドレッドの興奮した声が異様なほど響いた。


 モルドレッドは将太に告げた。


「我らの理想の世界まで、あと少しだな!」


 その言葉に、将太は疑問を抱いた。


「理想の世界……お前にとって理想の世界って、なんだっけ?」


 モルドレッドは、澄んだ瞳で将太を見つめ、迷いなく答えた。


「無論、女神なき自由な世界だ!」


 将太は、自分の知る事実を告げた。


「でももう、女神は俺の言うことを聞くぞ?」


 モルドレッドは、将太の言葉に動じることなく、さらに続けた。


「この世界の人々に足りぬは、恐怖と絶望だ!それを知って初めて、人は生の尊さを実感し、他者を慈しみ、日々の営みに感謝するのだ!その恐怖の象徴である魔王が死ぬことで、人々に完全なる生を与えることができる!」


 その言葉は、あまりにも冷酷で、将太は思わず口にした。


「お前……死にたいのか?」


 モルドレッドは、将太の肩にそっと手を置いた。その手は、冷たいはずなのに、将太にはなぜか温かく感じられた。


「将太よ。大義を成すには、何事も犠牲が付き物だ。私の代わりに、良き世界を見届けてくれ」


 モルドレッドの言葉は、将太の心に、いくばくかの奇妙な勇気を与えた。将太にとって、まるで赦しと、未来への使命を与えられたかのようであった。それは、彼の心の奥底に眠っていた自分の理想と、心を凍てつかせた将太の過去の記憶の清算という純粋な願いと、モルドレッドの語る理想の世界が、奇妙な形で結びついた瞬間であった。


 将太は、もはや自分の行為を個人的な罪として責めることはなかった。そこに横たわる黒焦げの死体は、彼の理想の世界を築くための、尊い犠牲へとその意味を変えた。それは、悲劇的な出来事への感情的な麻痺であり、同時に、目的のためには手段を選ばないという、冷徹な思考への転換でもあった。彼の心は、痛みを伴う後悔から、より高次の目標達成のための受容へと、静かに、しかし決定的に変遷したのである。


 将太は、自らが殺してしまった人々を、自身の理想の世界を実現するための尊い犠牲と捉え始めた。将太の好きな本格ファンタジーの小説もまた、たくさんの犠牲者や深い絶望を生んでいる。そうしなければ後の主人公達の行う壮大な正義の物語が成立しない。そしてこの絶望に突き進む力を人々が得ること、それが将太のことを真に理解できる為の重要な通過儀礼であり、より良き世界を構築するための要素なのだ。この自分の計画を最後まで遂行することこそが、犠牲者へのせめてもの慰めであると将太は思い始めた。というのも、この戦争は魔王軍が敗れ、勇者達が勝つように計画されているのだから。そして、翌日の決戦に備え、将太は深く息を吐き、静かに歩みを進めた。

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