第23話 リラゼルの修行
『勇者の斃れしに無力と嘆く者。王女と新たな勇者の決意に触れ、故郷エルフの森へ。古の起源を知り、内に秘めし力覚醒す。父王の憂いを退け、大ルーンの秘宝を携え、再び戦場へ赴く』
静寂がすべてを包み込むゴダートの地にて、リラゼルは忌まわしき光景を目撃した。かの勇者、その命尽きる様を目の当たりにし、己の無力さを恥じ、魂の奥底より湧き上がる悔恨に身を焦がした。されど、その魂を再び奮い立たせしは、アイリーン王女の心境の変遷、そして新たなる勇者、ヴォルンドの揺るぎなき魔王打倒の決意だった。彼らの雄々しき覚悟に感化され、リラゼルは更なる力を求め、エルフの故郷へと帰還する途を選ぶ。心優しいエルフのリラゼルが、誰かの為に力を求めたのは初めてのことであった。
エルフの王国は、時の流れをも拒むかのような美しさに満ち満ちている。そこは人の世の移ろいゆく自然とは一線を画し、すべての瞬間が永遠の輝きを放つ、まこと神秘の地なり。高き空には、万代不易の星々が瞬き、その光は大地に散りばめられし宝石のごとく、まばゆいばかりの輝きを放つ。そこでは、かの地に咲き誇る花々も、決して萎れることなく、永遠の盛りを謳歌する。芳醇なる香りは大気と溶け合い、甘やかな調べとなって、そぞろ風に乗ってどこまでも運ばれてゆく。
リラゼルは、かの王国を統べる父、エルフの王の玉座へと向かう。彼の姿は、白銀の髪と髭が、悠久の時を物語るかのようにたなびき、その瞳には、深き森の叡智と、古き神々の光が宿っていた。彼の纏う衣は、月の光を織り込んだかのように輝き、その威厳は、エルフの歴史そのものと見まがうばかり。リラゼルは父に、己がルーツ、エルフの起源について問いかけた。
王は静かに語り始めた。
「遠き古の時、世界の混沌より、万物を創造せし主神マアナの息吹から空と大地が生まれた。マアナはこの世界に秩序をもたらし、森羅万象を創り出した。我らは、世界の始まりの歌声、マアナの涙より生まれし女神フレイヤの歌声によって命を吹き込まれ、その血肉には、世界樹の生命力、そしてオーディンの叡智が宿されておる。我らの魂は、星々の輝きと月の光によって磨かれ、故に我らは、永遠にも近い時を生き、美と芸術を愛でるのだ。かの地の山々が天を突き、その頂には神々の棲む宮殿ヴァルハラがそびえ立つ。その麓、我らエルフは、その中でも最も美しきエルフ王国、ここアールヴヘイムに住まうことを許された。アールヴヘイムは、星々の光と月の雫によって育まれし、永遠の楽園。そこでは、時の流れは緩やかに、あるいは止まるかのごとく、我らは神々とともに、歌と詩と、そして知恵の探求に日々を費やしたのだ」
今まで散々語られた話をリラゼルはこのとき程よく聞いたことはなかった。
「我らの名は、光の子ら、あるいは歌い手の子ら。我らは、美と調和の具現者として、この世界に生まれた。故に、我らエルフは、ただの森の住人ではない。我らは、神々の息吹を受け、世界樹の生命を宿し、そして星々の光によって導かれし存在なのだ。我らの歌声は、世界の始まりの調べを奏で、我らの舞踏は、宇宙の秩序を表現する。そして、我らの血には、この世界を守護する使命が刻まれておる。そなたもまた、その使命を帯びし者なのだ、リラゼルよ」
父の語るエルフの起源を聞き終え、リラゼルは、かつて勇者から問われたエルフの起源について、己が答えられなかったことを深く悔やんだ。されど、その悔恨の念と同時に、ルーツを知り得たことにより、名状しがたい力が、己が内より沸き出る心地がした。それは、古き血の目覚め、あるいは、神々の祝福か。
そんなリラゼルに、王は厳かに告げた。
「とうとう、エルフ王国の王女としての自覚が芽生えたか……人間の国に行くと聞いた時は、それは驚いたぞ?」
リラゼルは、父が己を手元に置いておきたい一心で、歌でしか表現し得ぬ美しき宮殿に、半ば閉じ込めていたことに反抗した。父が嫌悪する人間の国へ逃げ出し、彼を困らせてやろうと企み、国を出たのだった。そのことを知った王は、人間の国、ゴダート王国に使者を送り、リラゼルの保護を頼んだが、リラゼルはそれを断り、人間の国に住むことを決意した。
そこでの生活は、エルフの王国の時の止まったような日々とは異なり、常にリラゼルを楽しませるものであった。流石のゴダート王国も、エルフ王国の王女を放っておくわけにはいかず、王都の城に住まわせた。何もしなくてよいとゴダート王国のトマス国王に言われたが、リラゼルは城で働きたい旨を伝え、そこで白羽の矢が立ったのが、アイリーン王女の付き人としての役割であった。彼女の元で何年か従事した後、魔王の復活と勇者降臨の予言がなされた。
魔王討伐パーティーは、エルフ王国、ドワーフ王国、そして人間の王国であるゴダート王国から、最低一人ずつ派遣する取り決めになっており、アイリーン王女のたっての希望により、リラゼルが魔王討伐パーティーに加わることになったのである。エルフの王は、無論反対したが、リラゼルが後方支援に回るのならば、という理由で何とか承諾した。
エルフの王は、娘にもう人間の元へと向かわせないためか、人間の悪口を言い放つ。
「人間とは決して相容れない。奴等は我らエルフの持つ永遠にも近い時間を欲し、本当に価値ある唄や神話、舞踏の美しさを理解できない。奴等はそれらを只の娯楽として受け取り、現実逃避の為にしか用いることができない浅ましい存在よ」
王は勇者が死に、新たな勇者となったヴォルンドを信用していなかった。だから、リラゼルをエルフ王国にとどめ、別の者を派遣しようとしているのだ。
リラゼルは毅然として言った。
「人間にも話の通じる者もおりますわ。それに、エルフを創造せし女神マアナが、直接この世界の人間を次の勇者に任命したことはご存知ですか?」
エルフの王は、娘に核心を突かれ、口を閉ざした。主たる女神の言葉に従うべきであると、心の底では理解しているようだった。しかし、その新たな勇者に付き従うのはリラゼルではなく、別の者を行かせる意思は変わらない。リラゼルが、己が再び、エルフ王国の代表として魔王討伐パーティーに名乗りを上げると、エルフの王はそれを拒否した。
しかし娘は言った。
「勇者が亡くなり、新たな勇者を皆が支えなければならないと、女神マアナは仰いました。にも拘わらず、エルフ王国の代表が、恐れをなし、初期からのパーティーメンバーである私ではなく別の者を行かせるなど、恥ずべき行いだとは思いませんか?」
エルフの王は口だけではなく両目も閉ざし、苦悶の表情を浮かべた後、反論した。
「新たな勇者は、以前の勇者と比べて力を持っていないそうじゃないか?そんな者の側にいれば、戦闘力のないお前も危険な目に合ってしまうではないか!?」
「新たな勇者が負ければ、この世界の誰もが危険な目に合いますよ、お父様」
「し、しかし、もっと前線で戦える戦士でないと──」
「なので、大ルーンの秘宝を私に持たせてください」
「なに!?」
王の驚愕の声が、静寂な玉座の間に響き渡った。




