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ファンタジー好きの俺、設定ガバガバな異世界に召喚されてぶちギレる。~こうなりゃ俺が本格ファンタジーの真髄を叩き込んでやる~  作者: 中島健一


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第2話 ゴブリン

 芹澤将太は目を開けると、深い森の中に立っていた。目の前には、樹齢を重ねた巨木達が堂々と聳え、葉の天蓋を突き破る陽光が、まるで神聖な柱のように地面に降り注ぐ。大地から草花が顔を覗かせ、将太の足元で柔らかく沈む。岩や樹には古い刻印のような木目が刻まれ、まるで森の刻み込んだ記憶そのもののように思えた。遠くで小川が囁くように流れ、木々の間を縫う風が空を覆うように敷き詰められた葉を揺らし、音を奏でる。空気には樹と土の湿り気を帯びた香りが混じり、鼻腔をくすぐる。枝先に止まる小鳥のさえずりは、静寂に軽やかな調べを添えていた。


「うお…これ、ファンタジーっぽい場所じゃん?いや、森なんて久し振りに入ったからな……」


 将太は呟く。しかし自分の胸のトキメキは誤魔化せなかった。ロード・ダンセイニの『エルフランドの王女』の黄昏の森を彷彿とさせる光景に、心が躍る。


「エルフの隠れ里とか出てきてもおかしくねぇ雰囲気だな…って、待て待て。この世界はガバ設定のファンタジーのはずだろ?」


 逸る気持ちに自分でブレーキをかけた。女神マアナのポリエステル感たっぷりの衣装とLEDっぽい光を思い出し、期待を抑えるように首を振った。


 森を歩き始めると、枯れ葉がカサカサと音を立てる。風と共に木々の間を縫うように進み、将太は目についた樹の幹に触れる。樹皮は冷たく、湿り気を帯びていた。


「こういうの、トールキンなら森の精霊の伝説とか、種族の歴史を絡めて3ページは描写するよな。樹木の名前まで設定してさ…ん~」


 将太は独りごちる。将太はトールキンやファンタジー作家に倣ってこの樹木の名前を考え始めた。すると樹木を前に半透明の画面が出始めた。これは先程女神マアナと相対した際に出た自分のステータスと似たような画面だった。文字が刻まれている。


『ルーンウッド──』


 この画面は何なのか、将太はそれをよく観察しようとしたその時、茂みからガサガサと音がした。将太は身構える。


「お、モンスターか?オークかトロールか?この森なら暗黒の使い魔とか出てきてもいいよな!」


 目を輝かせる。


「いや、ここは例の異世界だからどうせスライムとかか……」


 だが、茂みを押し分けて現れたのは、ゴブリンだった。背丈は1メートルほど。緑がかった皮膚に、尖った耳。ボロ布を巻いただけの粗末な服に、手には錆びた短剣を握っている。山羊のような潰れた瞳孔をこちらに向けており、歯は不揃いだが鋭く尖っている。しかし、どこか間抜けな雰囲気が漂っていた。


「おっ!?ゴブリンか!?」


 将太は思わず叫ぶ。


 ゴブリンは元々、ヨーロッパの民間伝承や神話に出てくる妖精や精霊の類いだ。悪戯好きで悪意があるとも言われている。そこからファンタジー小説へと流れた。有名なのはジョージ・マクドナルドの『お姫様とゴブリンの物語』だ。その中でゴブリンは元々人間であったが、王に対する不満や反逆心から追放されて、地下へと逃げ込み、そこでゴブリンだけの王国を築いていたりする。おそらくキリスト教の楽園追放が元ネタだろう。この物語に影響を受けたのがトールキンである。トールキンのゴブリンはエルフが邪神に捕らえられ、拷問と魔術によってゴブリンになったエルフ起源説などを書いていた。因みに、ゴブリンとオークを同一視しており、オークを英語で表現するとゴブリンであると語っていた気がする。他のファンタジー作品では例えばゴブリン神からゴブリンが生まれたとか、人間よりも古い種族であるとか様々だ。


 だが、ランキング上位のweb小説だとゴブリンはただの雑魚キャラ、道化そのものであり、序盤で主人公が無双するための舞台装置でしかない。


 ──なろう系だけじゃなくてファイナルファンタジーとかのゲームの雑魚キャラとしても出てくるから何とも言えんが……


 そんな堕落したなろう系のゴブリンが「ギャッギャッ」と甲高い声で吠え、短剣を振り上げるのを見て、将太は一瞬怯む。


「うわっ!」


 心臓が跳ね、足がすくむ。


「やべ、リアルだと流石にちょっと怖いな……」


 その瞬間、女神マアナとのやりとりが脳裏に過った。


◆ ◆ ◆


 白い空間で、将太はマアナに食ってかかる。


「レベルとかいらねぇから!HPとかMPとか本格ファンタジーにはそんな安っぽい設定ねぇよ!俺が欲しいのは歴史と文化、種族や生まれの葛藤なんだよ!ステータス画面とかマジで萎えるわ!」


 熱弁を振るったが、マアナはピンクのマニキュアを爪に塗りたくりながら、上の空で答えた。


「えー?なんでぇ?レベル99でツヨツヨじゃん♪︎楽勝でゴブリンとかボコれるよ?良いじゃん、チートで無双しちゃおうよ!」


 その言葉に将太がさらに反論しようとすると、マアナはネイルにフーッと息を吹きかけて乾かし「はいはい、じゃあ頑張ってねー」と手を振る。それは将太に向かって手を振ったのか、ただ塗り終えたネイルを乾かしているだけなのか定かではない。次の瞬間、光が弾け、将太は森に放り出された。


◆ ◆ ◆


 将太は深呼吸をし、苦笑いしながら呟く。


「レベルいらねぇとは言ったけどさ…実際、こんな何の設定もない雑魚キャラのゴブリンでも目の前にいるとビビるな……」


 ゴブリンが再び「ギャッ」と吠えて突進してくるのを見て、目を凝らす。


「でも、よく見りゃ動きが単純だな。予測できるぞ!?」


 ゴブリンの動きは雑で、短剣を振り回す軌道も大振りだ。将太はタイミングを見計らい、後ろに飛び退いて振り払われた短剣を躱す。しかし踏ん張りがきかずに、尻餅をついた。


「ほら、簡単じゃん!」


 将太は恐怖を打ち消すために自分を鼓舞する言葉を吐く。地に手をついて起き上がろうとすると、太い枝が手に収まるようにして落ちていた。それを拾い上げながら自らも起き上がり、もう一度、先程の要領でゴブリンを観察する。


 ゴブリンは短剣を持ち上げ、将太に向かってそれを振り下ろしてきた。将太は短剣の軌道を完璧に読んで、半身となってそれを躱し、しっかりと大地を踏ん張って、手にした枝をゴブリンの頭目掛けて振り下ろした。


 ゴブリンは「ギャッ」と鳴いて地面に転がる。


「よし!」


 将太は感触を確かめ、もう一撃加えようとしたが、その一撃でゴブリンはピクピクとした後、動かなくなった。


「ふう…初のゴブリン退治はこんな感じか…もう少し思うところがあってもよかったんだが、所詮は雑魚敵だったか……」


 その瞬間、森の奥から鋭い叫び声が響いた。女の子の声だ。


「うわっ、何だ!?」


 将太はハッとして声のした方向を見やる。叫び声には恐怖と切迫感が混ざっていた。森の静寂を切り裂くその音に、胸がざわつく。


「またゴブリンか?それとも…野盗か?」


 考えるよりも先に足が動いた。


 木々の間を駆け抜け、枝を払いながら叫び声の元へと向かう。また叫び声。それも今度はより多くの声で重なって聞こえてきた。


 すると開けた空間に出た。


 そこには家々が建ち並び、村の様相を呈していたが、子細に観察する暇はない。何故ならその村はゴブリンの集団に襲われていたからだ。

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