第18話 勇者vs魔王
モルドレッドは友である将太の勇をこの目に焼き付け、今も天から見ているであろう女神マアナに訴えかける。
──ああ、古より続く宿命の糸が今、最も絢爛たる輝きを放ち、断ち切られんとする刹那を見よ!我が友、芹澤将太が貴様と人間を繋ぎ止める悪しき軛を怒涛の剣戟により断ち切る様を!
朝靄を照らす陽光の下、ロリス砦の前に広がる荒野に、両雄は相対峙する。将太の身には、鍛え抜かれた鋼の鎧が混じりけのない朝日を受けて星の如く輝き、その双眸は正義の炎を宿し、魔王を睨み据う。将太の佩く剣は創造のスキルで只の長剣から『ティルヴィング』と名付けられ、名匠と謳われるとあるドワーフの魂が宿ると将太は言う。長剣は主人の激情に応えるが如く、かすかに唸りを上げているかのようにモルドレッドの瞳には写った。
一方、魔王は、漆黒の鎧に身を包み、その痩せた指には妖しく光る指輪が嵌められている。彼の顔色は蒼白であり、その目は深淵を覗くが如き冷たさを湛え、人間の睨みなど意に介さぬ様子である。モルドレッドはこの魔王が将太の手で創造された際に、思わず身震いしたものだ。そして魔王の傍らには、異形の眷属達が控え、主君の命令を待つ影のようだ。
モルドレッドと共にこのロリス砦の壁にいる領主ガルシアは言った。
「勇者様お1人ではないか!?」
その言葉にここにいる弓兵どもが狼狽える。
「なんと!?」
「今すぐにでも誰かを行かせるべきでは!?」
「あの従者は何をしている!?」
「あの少年はどうした!?」
ガルシアが誰か他の兵を将太の元へと向かわせようとしたのを見てモルドレッドは言った。
──将太の邪魔はさせない!
「わからないのですか!?勇者様はお1人で魔王と対峙することを望んでいるのです!そしてそれを我々も望んでいる!勇者様はそのことに気付いておいでだ!」
皆が静まった。
「あの田舎者の少年が、自分が勇者様に同行すると言った時の、勇者様の顔が全てを物語っていた!自分と共に命を賭けると言った若者を見て、胸打たれていたのだぞ!?今、勇者様は我々の為に戦っているのではない!あの少年の命を救うために戦っているのだ!!」
モルドレッドの声がやけに響く。皆、勇者様が何とかしてくれると考えていることに罪悪感を募らせたようだ。
将太の声が聞こえる。
「汝、魔王よ!」
将太の雷霆の如き叫びが、荒野に轟く。
「汝が非道、この世界に災厄をもたらさんとする奸計、今こそ我が剣にて断つ!」
魔王は嘲弄の笑みを浮かべ、その薄い唇を開いた。
「勇者よ、汝の勇猛は誉むべきものなれど、古より続く魔術の深淵、汝ごとき凡俗に理解できようはずもないわ」
言葉未だ尽きぬうちに、魔王は掌を天に向け、魔法を唱え始めた。彼の周囲には、黒緑色の魔力が渦巻き、周囲にいる灰緑色のゴブリン達が蠢き出す。まるで荒野に咲く邪悪な緑地のようだった。空気は魔の気配に満ち、見る者の魂を凍てつかせるかのようである。
魔王の渦巻く魔力はそのまま魔を孕んだ竜巻へと変化し、将太に向かって放たれた。対する将太は荒ぶる駿馬を宥めた後、長剣ティルヴィングを掲げ、雷鳴を轟かせた。
大地を穿ちながら突き進む大竜巻と触れるだけで灰になりそうな暗黒の雷雲から迸る、闇をも切り裂く雷光がぶつかりあう。
その衝撃は大地を揺るがし、砦の壁を激しく叩いた。胸壁にしがみつくように皆堪えたが、幾人か吹き飛ばされてしまった。
「勇者様は?」
「魔王は?」
「やったのか?」
それぞれが最も知りたいことを呟くが、視界は朝靄に代わって土煙が覆い、様子が窺えなかった。
次第に晴れていく中、1人が声を上げる。
「見ろ!勇者様だ!!勇者様が立っておられる!!」
大地は巨大な隕石が衝突したかのような跡を残し、将太が肩で息をしながら立っていた。しかし片膝をつき、長剣を杖のようにして大地に突き刺して、身体を支える。馬はどこかへ飛ばされてしまったようだ。
更に奥の土煙が晴れると、そこにいた筈の魔王の軍勢は跡形もなくなり、将太の勝利を誰もが疑わなかった。
「勝った!!」
「勇者様の勝ちだ!!」
「うおぉぉぉぉぉ!!」
「俺達は救われたんだ!!」
「やったーー!!!」
しかし土煙が完全に晴れると、魔王の姿がそこにはあった。魔王は将太とは対照的にその場に両の足をつけて立っている。
「まずい!今すぐ加勢しろ!!勇者様の命を救うのだ!!」
将太は、魔王の姿を確認すると、力を振り絞りながら何とか立ち上がる。魔王は将太が立ち上がると同時に禍々しい魔力を練り上げた。その魔力に臆することなく、将太は雄叫びと共にティルヴィングを掲げ、大地を蹴って魔王に突進する。彼の足跡は大地を砕き、その勢いは疾風の如く素早い。
魔王は、迫り来る勇者様に対し、練り上げた魔力を解放して魔法を放った。黒曜石の如き破片が雨霰と降り注ぎ、地上では緑色の炎が、貪欲な蛇の如く将太に絡みつこうと這い出ていた。
だが、将太は、熟練の技と鋼の肉体をもって、それらの攻撃を見事にかわし、ティルヴィングを水平に薙ぐ。その鋭い刃は、空気を切り裂き、魔王の身体を傷付ける。
その間、モルドレッドと加勢に向かう兵達は壁から降り、下へと到着した。門は先程の魔王と勇者様の魔法の激突によって吹き飛んでいた。モルドレッド達は馬に飛び乗り、将太の元へと向かう。だが、我々よりも先にヴォルンドが馬に乗って、将太の元へと駆け出していた。我々もヴォルンドの後を追うようにして勇者様の元へと走る。
魔王は更なる強力な魔法を繰り出す。古の邪神の名を呼んだ。その声は砦の壁の上から聞く声とは違い、地上からだと頭に直接語り掛けるようなゾッとする声だった。
勇者と同様のことができると言わんばかりに魔王は黒い稲妻を将太に放った。地を焦がし、天を震わすその一撃を、将太は寸でのところで身を躱すと同時に魔王との距離を詰めた。その動きは、将太のいつもの動きではなく、どこかよろめいているようにも見えたが、遂に両雄の剣が激突する。
鋼と鋼のぶつかり合いは、光と音の奔流となり、周囲のすべてを圧した。将太のティルヴィングは、魔王の持つ、雷を寄せ集めて作ったような剣と激しく打ち合い、火花を散らす。
力と技の限りを尽くした攻防の末、将太は一瞬の隙を見出し、渾身の力を込めてティルヴィングを突き出す。その刃は、魔王の漆黒の鎧を鮮血で染め上げ、彼の身体から生命力を吸い取っていく。
しかし、その瞬間、倒れゆく魔王の痩せた指が、驚くべき速さで閃光を放った。それは、最後の、最も強力な呪いであった。魔王の口から血が噴き出す中、その瞳は、怨嗟と、そして奇妙な満足感を宿していた。
「勇者よ……この命と引き換えに、汝もまた、安息を得ることはできぬ……」
その言葉が尽きるやいなや、将太の身体にも、魔王の呪いの力が激しく奔った。ティルヴィングが魔王の胸を貫いたのと同時に、魔王の放った魔法もまた、将太の心臓を直接打ち砕いたのだ。
将太は、驚愕と苦悶の表情を浮かべ、血を吐きながら膝をつき、魔王と共に倒れ伏すが、そこを先頭を走っていたヴォルンドが受け止めた。次いで、我々が到着したが、全てが決着した後である。
魔王もまた、将太の刃によって絶命していた。両雄は、互いに相討ち、その偉大な生命は同時に潰えたかに思えたが、将太は咳き込み、血を吐きながら言う。
「倒せたみてぇ…だな……」
最後の力を振り絞るような声だった。将太を抱きかかえながらヴォルンドは言った。
「喋ってはダメです!勇者様!!早く、治療を──」
「俺はもうダメだ。なぁヴォルンド?お前なんだろ?そこにいんのは……」
将太の目はもう見えていないようだ。そのことを知ったヴォルンドは目から涙を流して言った。
「はい!僕です!ヴォルンドです!助けに来ました!!だから、勇者様も諦めないで!!」
「…俺は、お前が一緒に来てくれるって言ってくれて嬉しかったんだ……お前のその勇気がありゃ、何だってできる……」
「はい!はい……」
ヴォルンドは抱きかかえるその両腕で勇者の最後を感じ取ったのか、彼の最後の言葉を必死に聞いていた。
「お前によぉ、俺のこのアップルウォッ──黒い腕輪をやるよ。この先もし、何か恐怖を感じたら、この腕輪を見て、この時の勇気を思い出せ……」
将太はその言葉を最後に全身の力が抜け、絶命した。そして驚いたことに、将太の身体が光輝き、天へと昇って行った。
曇天を抜けた辺りでその姿だけでなく、輝きも見えなくなり、暫くしてモルドレッド達はロリス砦へと戻ることになった。その間、モルドレットは思った。
──計画通り……




