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ファンタジー好きの俺、設定ガバガバな異世界に召喚されてぶちギレる。~こうなりゃ俺が本格ファンタジーの真髄を叩き込んでやる~  作者: 中島健一


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第17話 ありがとう

 ついこの間まで、土と埃にまみれて生きてきた一介の村人ヴォルンドは、その日、不釣り合いな重い鎧を身に纏い、慣れない馬のたてがみを震える手で撫でていた。彼の乾いた唇は、微かに戦場の土埃の味を感じ、その視線は、まだ朝霧が微かに残る門の外──広大な平野ではなく、彼の隣に立つ勇者様の背中に釘付けだった。


 これから単騎で魔王軍に挑み、その身を犠牲に大魔法を唱え終えた勇者様を、無事にロリス砦へと帰還させる──それが、得体の知れない重圧となって、ヴォルンドの胸にのしかかっていた。


 勇者様もまた、普段身につけている軽やかな旅装を脱ぎ捨て、ヴォルンドと同じ白銀の甲冑を身に纏っていた。その姿は、まさしく伝説に謳われる勇者そのもの。陽光に照らされ、まばゆいばかりの輝きを放つ鎧、腰に携えられた長剣からは、冷たい鉄の匂いが漂ってくる。そして、勇者様はヴォルンドと出会った日から肌身離さず身につけている黒い腕輪が、唯一、彼の今までの旅の痕跡を物語っていた。その威厳に満ちた佇まいに、ヴォルンドは思わず息を呑んだ。胸の奥底で、ちっぽけな希望の炎が、燃え盛るように熱を帯びていくのを確かに感じた。


 この自分が、このような大役を仰せつかった。出過ぎた真似だと思ったが、勇者様直々にこの申し出を受けてくれた。今でも夢なのではないかと疑ってしまう。砦の兵士たちは皆、眼前に広がる魔王軍の威容に、生唾を飲み込んでいた。凡そ2万という魔王軍の軍勢のざわめきが、まるで巨大な獣の唸り声のように、ロリス砦の分厚い壁を震わせ、張り詰めた緊張感が、肌を刺すように痛い。


 やがて、勇者様の準備が整う。その姿は、まさしく絵画から抜け出たかのような完璧な英雄そのものだった。兵士達は、不安と期待の入り混じった眼差しで、その勇姿を見つめている。彼らの瞳には、恐怖という闇の中に一筋の光を求めるような、切実な願いが宿っていた。


「待たせたな」


 勇者様の声は、凍てつく空気をも溶かすかのように優しく、慈愛に満ちていた。その声が、張り詰めた砦の空気を一瞬だけ和らげたように感じられた。


 ──流石、勇者様……


 勇者様が先に馬にまたがる。その動きは淀みなく、まるで馬と一体化したかのようだった。次にヴォルンドが、勇者様を包み込むようにしてその背後に乗った。勇者様のわずかな体温が、鎧越しに伝わってくる。大魔法を唱え終えれば、勇者様はその身をまともに動かせなくなる。その勇者様を支えながら馬を操るには、この体勢が良いと提案されたのだ。ヴォルンドは、何気なく勇者様の背中に手を触れた。触れている自分の掌から、不思議な安堵と、途方もない責任感が湧き上がってくるのを感じる。


 ロリス砦の重厚な門が、軋みを上げてゆっくりと開かれる。分厚い鉄と木の塊が、地を這うような唸り声を上げ、その隙間から、凍てつくような外の空気が流れ込んできた。馬が軽快な足取りで門をくぐろうとした、その刹那だった。


「ありがとうな、ヴォルンド」


 その言葉は、今までヴォルンドが耳にしてきた勇者様の声とはまるで違い、深い悲哀に満ちた響きを持っていた。まるで、大切なものを手放すかのような、諦めにも似た響きだった。ヴォルンドは一瞬、その声に違和感を覚えた。胸の奥で、何かが警鐘を鳴らす。


 しかし、次の瞬間、彼の身体はふわりと宙に浮き上がり、勇者様と馬から引き離されていく。何が起きているのか理解できないまま、ヴォルンドは自分がロリス砦の門の内側へと、魔法の力で運ばれていることに気がついた。彼の脳裏に、勇者様の悲しい声がこだまする。そして、すべてを悟った。


 勇者様は、たったひとりで魔王軍に挑み、そして死ぬつもりなのだ。


「待ってください、勇者様! 僕も行きます!」


 ヴォルンドの意思に反して、勇者様の姿は遠ざかり、やがて視界から消えていく。馬の蹄の音が、彼には届かない彼方へと遠ざかる。ヴォルンドが門の内側に完全に運び込まれると同時に、重い音が響き、門が閉ざされた。外の世界との繋がりを断ち切るかのように、厚い扉が音を立てて閉まる。


 それと同時に、ヴォルンドを運んでいた魔法が解け、彼は砦内の冷たい石畳に尻餅をついた。しかし、痛みを感じるよりも早く、ヴォルンドは荒れた息を吐きながら、這うようにして固く閉ざされた門へと向かい、激しく自分と勇者様を遮る障害物を叩いた。


「勇者様! 勇者様ぁぁぁ!!」


 悲痛な叫びが、ロリス砦の石壁に虚しくこだました。その声は、閉ざされた門に吸い込まれるように消え、二度と勇者様には届かないことを、ヴォルンドの魂が理解した。


 そして砦を囲う壁の上からどよめきが起きた。戦闘が始まったのだ。

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