第14話 歴史と起源
夜間、宴会場は燻製肉の香りと麦酒の泡で満たされ、蝋燭の仄かな灯りが彩った。将太は席に着き、麦酒を口にした。
先のゴブリン戦の勝利祝いと魔王討伐パーティーが揃ったことにより決起会を兼ねた宴を催すことになったのだ。
将太はその討伐メンバーを確認して驚く。王女アイリーンが魔法使い、付き人のリラゼルが僧侶、モルドレッドが戦士、新参のドワーフのドーリが前衛戦士。
──そして勇者である俺、この五人が魔王討伐のパーティーだったのかよ!?
そんなことを思っていると、新しく仲間となったドワーフのドーリがワインを一気飲みし、グラスをテーブルにドンと叩きつける。
「ハッ! 勇者がこんなにヒョロヒョロな野郎で驚いたわ!」
将太は自分の席の対面にいるドーリをじっと見つめる。ドーリは身長130cm程、肩幅は成人男性並みで、赤銅色の髭が胸まで伸び、革鎧に鍛冶の煤のような汚れが染みついている。両腕は岩のような筋肉で、指には無数の傷跡。まるで山から切り出した岩塊が人間の形になったような、圧倒的な存在感だ。
──それに名前がドーリ…これは『古エッダ』の『巫女の予言』に出てくるドワーフの名前と一致している。
因みに、トールキンの『ホビットの冒険』に出てきたドワーフ達の名前の多くはこの『巫女の予言』に出てくるドワーフの名前を引用している。
──確かガンダルフもトールキンが古エッダからとった名前じゃなかったっけ?
ドーリは将太の視線に気が付き、酔っ払った声で言った。
「なんだ、ガキ? 俺の髭が珍しいか?」
将太は興味を抑えきれず尋ねる。
「ドワーフって、山や地底に住んでて、鍛冶を職業にしてるのか?」
ドーリは鼻を鳴らした。
「ハッ、如何にも聞きかじりのステレオタイプなドワーフ感だな? 今じゃ村や砦にも普通に住んでるぞ?鍛冶だけじゃなく農業や建設業もやってる奴が多いぜ」
将太は目を輝かせた。もはやドーリの口から語られたステレオタイプなんて現代っぽい言葉などどうでも良いと思っている。
「アンタらの起源はなんだ? この世界のドワーフってなんか壮大な歴史があるんじゃねぇのか?」
ドーリは別のグラスを手に取り、それを一気に飲み干した。
「さあ? 起源なんぞ興味ねぇから知らねぇな」
将太は肩を落とす。
「はぁ? 普通、自分の種族のルーツとか知ってんだろ!?」
「ハッ! 興味ねぇもんに時間をかける暇はねぇ! エルフじゃねぇんだ、俺らは歴史なんぞ語り継がねぇ」
ドーリは顎でリラゼルを指す。
「歴史が知りてぇなら、あのエルフにでも訊きな?アイツの方が、ドワーフにも詳しいんじゃねぇか?ダッハハハハハハ!!」
将太はリラゼルに目をやった。
「ちょっと待て、リラゼルってエルフなのか!?」
リラゼルは髪を色っぽくかき上げ、尖った耳を露わにしながら、囁いた。
「あんまり見ないでください…これはきっとエルフルートへのサブクエストですね……」
酔っぱらっている。隣のアイリーンがリラゼルに抱きつきながら叫んだ。
「サブクエ阻止ぃぃ!!」
「ダメです殿下! ハーレムルートへはこれをこなさないと!」
将太は2人の会話をぶった切る。
「エルフの歴史を教えてくれ!」
なりふり構っていられなかった。将太はテンション高く尋ねる。
北欧神話では、エルフは光と美を象徴する存在で、しばしば神々の仲間として描かれる。『古エッダ』では、明るいエルフが天界に住み、暗いエルフが地下に潜むとされる。彼らは自然や魔法と結びつき、神秘的な力を持つ。一方、ドワーフは地底に住む鍛冶の名手で、雷神トールのハンマー、ミョルニルなど神々の武器を鍛えた。『スノッリのエッダ』では、ドワーフは死者の肉から生まれたとされ、岩や鉱石と深い繋がりを持つ。トールキンの『シルマリルの物語』や『指輪物語』では、エルフは不死の種族として創造神イルーヴァタールにより作られ、星々の下で目覚めた高貴な存在。芸術、知恵、魔法に優れている。一方、ドワーフはイルーヴァタールの子アウレにより土と石から作られ、頑強で職人技に秀でる。誇り高く、鉱山を愛するが、エルフとの歴史的な対立なども描かれていた。トールキンは北欧神話の神秘性を基に、両種族に深みある文化と歴史を与えたと推測できる。
それに、リラゼルという名前だ。リラゼルというエルフが出てくるロード・ダンセイニの小説にはエルフについて明確な歴史や設定を精緻に構築した訳ではないが、その一端がもしかしたら目の前のリラゼルから語られるのではないかと将太は期待していた。
──ダンセイニやトールキンもこの世界を行き来してたんじゃ……
将太はどのような歴史や起源があるのかワクワクしていたが、リラゼルは困った顔で、言った。
「えっと…私、歴史とか全然知らないんです……」
将太はガックリとうなだれた。
「はぁ~!!? これだからこの世界はよぉ!!」
将太の期待が一気にしぼみ、落胆していると、そこへワインを何杯目か飲み干したドーリが絡む。
「ハッ! 歴史や起源なんかを知って、お前はどうしたいんだ?」
「どうしたいって、歴史があれば物語に深みが増すだろ!?」
将太は反論する。
「ハッ! 深みだぁ?お前なぁ、これから人を笑かそうって芸人の悲しい過去を知って、ソイツの芸を純粋に笑えるか? これから一緒に楽しもうって時に娼婦の暗い過去を知って、お前はどうすんだ?知らなくていいことに時間をかけるのは暇人のやることだ!俺らは魔王を討伐する。それだけで集まったパーティーだろ?それに今は楽しい、楽しい宴の最中だ!歴史だの起源だのどうでも良い!今が楽しければそれで十分よぉ!ダッハハハハハハ!!」
ドーリの言葉に、将太は一瞬言葉を失う。
ドーリの言うことに一理あると感じてしまったのだ。この世界は物語ではなく、現実である。歴史や起源を追及することが、全てではない。
──それに……
将太の脳裏に、現実での虐めと虐待の記憶が一瞬よぎる。嘲笑と痛みがフラッシュバックした。知らせなくて良いことや知られたくない記憶は誰にでもある。だが、その記憶のおかげで将太は、成功者としての人生を歩めた。あの暗いどん底、不快にまみれ、締め付けられるような感覚、それがあったから今の将太がいる。
将太はすぐに気持ちを切り替えた。この世界に歴史がねぇなら、俺が作る。
──魂が震える、本物のファンタジーをな!
将太は目の前の料理に手を伸ばす。燻製豚の厚切り、蜂蜜漬けの根菜、香草をまぶした焼き魚。粗野だが素朴な味わいに、砦の民の暮らしが滲む。宴は騒がしく続き、ドーリの笑い声とアイリーンのいびきが響く。ヴォルンドは以前の村での宴のように美味しそうな料理にかぶりついていた。将太はモルドレッドと目配せし、内心で誓う。
──明日から俺達は、この世界をぶち壊す。




