第12話 魔王
「魔王って、お前だろ?」
将太の言葉は、ロリス砦の簡素な部屋に刃のように突き刺さった。モルドレッドの鋭い瞳が一瞬揺れ、額に汗が滲む。剣の柄に触れた手が震え、顔から血の気が引いていくのが将太にはわかった。だが、その動揺はすぐに抑えられ、彼の目は冷静さを取り戻す。将太はモルドレッドをじっと見つめる。視界に半透明の画面が浮かび、冷たく輝く文字が刻まれる。
【名前:モルドレッド Lv.65 職業:魔王 HP:5896 MP:4252】
あの舞台俳優のゴブリン化、ヴォルンドのステータス確認──それらが引き金となり、モルドレッドのステータスを無意識に確認してしまったのだ。将太は今一度、モルドレッドのステータスの職業を凝視した。
『職業:魔王』
モルドレッドは動揺を押し殺し、低く、だが落ち着いた声で尋ねる。
「いつからお気付きなさったのですか、勇者様?」
将太は一瞬臆する。正直に「ステータスに書いてあるから」と話すべきか、胸の内で葛藤が渦巻く。だが、モルドレッドが魔王だと気付いたことで、点と点が繋がり始めた。意を決し、口を開く。
「最初からおかしかった。ヴォルンドの村、あのド田舎にゴブリンの群れが現れた理由。火事が王女のいた家屋だけってのも変だ。旅に出てからも、トロール、今回のホブゴブリン、討伐の難易度がどんどん上がってる。俺の強さや性格なんかを探ってたんだろ?あとはあのゴブリン化だ」
将太の目は鋭さを増す。
「お前、もっと多くの人をゴブリン化させるつもりだっただろ? でも俺があの舞台俳優のゴブリン化を直ぐに解除したもんだから、作戦を中断した。作戦室でも、王女とリラゼルが先に着いて、お前が最後だった。『入れ違い』とか言ってたけど、ゴブリン化を中断して急いで戻ったってとこか?」
モルドレッドの唇が震えるが、すぐに薄い笑みを浮かべる。
「流石、勇者様。貴方様の今までの行動原理からゴブリン化が起きた際、その民を見捨てず、必ずや助けにいくと思っておりました。そんな民の対応をさせて、戦争には参加させないつもりでした。だが、貴方は私の予想を遥かに超えた存在でした」
将太はベッドから立ち上がり、モルドレッドを睨む。
「俺が聞きたいのは、お前が魔王になった理由だ。何故魔王になった?」
モルドレッドの目が遠くを見た。深いため息をつき、低く、だが熱を帯びた声でとうとうと語り始める。
「この世界を壊したかった。いや、破滅させ、灰燼に帰したかった」
将太は黙って聞き耳を立てる。モルドレッドの声に、抑えきれない怒りと悲哀が滲んだ。
「この世界の民は、女神マアナの鎖で繋がれた奴隷だ。彼女の定めた運命の軛に縛られ、心も魂も跪く操り人形に過ぎない。自由な意志は奪われ、ただ彼女の物語の歯車として回るのみ」
モルドレッドは険しくも悲しみを含んだ顔になった。
「私含め、私の家族は女神マアナを崇拝しておりました。日々祈り、戒律も全て守っておりました。しかし嵐の夜、落雷によって火事が起き、私以外の家族は全員焼死しました。私と妹は難を逃れた筈でしたが、妹は家の中にある女神像をとりに、私の制止を振り切って再び炎に覆われた家に入っていきました。妹が入ると直ぐに、家は崩落した……」
モルドレッドは怒りが込み上げてきたのか、一瞬だけ黙り、直ぐに叫ぶように続けた。
「あの火事は!母の優しい笑顔を、妹の美しい歌声を、父の温かな想いを奪った!女神は全てを知り、全てを計画しているのならば私の家族を奪ったあの炎も、彼女の冷酷な運命の筆跡に過ぎなかったということです!私の家族は何もしていない!なのに何故このような仕打ちを!?私は血の涙を流し、問い続けました。しかし女神は沈黙を貫いたまま」
悲しい過去を口にした際、モルドレッドは俯いた。しかし再び顔をあげ、続きを述べた。
「民はそんな女神の意志に盲従し、勇者を神のごとく崇め、自ら考える力を捨て去った。かくも卑屈な隷属、かくも虚偽の調和! 私はこの偽りの楽園を拒む。女神の玉座を打ち砕き、魂の自由を奪還せんがため、魔王の冠を戴いた。支配よりは破滅を、奴隷の安寧よりは魂の炎を選ぶ。それが私の誓いであり、亡き家族の悔恨を、私の手で必ず清算する。例えこの手がどんなに血と業に塗れようとも」
モルドレッドの言葉は、まるで嵐のように部屋を満たす。色ガラスに星の光が一瞬浮かび、窓の外で遠雷が響く。将太は胸の奥で共鳴するものを感じた。
──その精神…まさに本格ファンタジーだ……
モルドレッドの目は燃えるように輝くがどこか悲しげだ。彼は静かに尋ねる。
「さあ、どうしますか、勇者様? 私を殺しますか?」
将太は顔を上げ、モルドレッドをじっと見つめ、そして言った。
「俺もこの世界を壊したい」
モルドレッドの目が見開く。
「え?」
「お前の言う通り、この世界は偽物だ。ステータス画面やテンプレに縛られ、チートスキルで簡単に勝つ。そんな物語糞食らえだ」
将太の声にも熱がこもる。
「さっきの戦いで気が付いた。ロリス砦の民は俺に頼りすぎてる。勇者がいれば解決、勇者がいれば勝利──そんな考えは堕落だ。人は自分で立ち、苦しみ、成長するから人間なんだ。なのに、この世界の民はお前の言う通り女神の奴隷だ。勇者に依存し、人間性を失っている。現実で苦しんでいた俺を救ったのは、勇者が苦しみながら運命に抗う物語だった。このスキルで勝っても、俺の心は救われねぇ。いや俺だけじゃねぇ。俺以外の者も真に救われることはない。女神がスキルを、俺や、この世界に押し付けたのなら、俺は女神の物語をぶっ壊すために使う!そして本物のファンタジーの世界をこの手で創る。人が自らの運命を切り開く、魂が震える物語を! だから、俺はお前に協力するぜ!!」
モルドレッドは呆然としていたが、すぐにその顔に笑みが広がる。長年の孤独が溶けるような、温かな笑みだった。
「勇者様…いえ、芹澤将太。貴方こそ、私が待ち望んだ同志だ」
将太は苦笑しながら言った。
「同志って、大袈裟だろ?」
と返すが、その目は真剣だ。モルドレッドは剣を床に突き立て、静かに言う。
「この剣は私の誓いの刃。女神の運命を破壊し、魂の物語を創る誓いを刻む」
将太は剣を掴むモルドレッドの手を固く握る。共に誓いの剣を握った。
「この偽物の世界、ぶっ壊してやる。女神も予定された物語も、全部ぶっ飛ばして、本物のファンタジーを創る!」
窓の外で遠雷が再び響き、色ガラスに黒い2人の影が刻まれた。2人の誓いは、偽物の世界を壊し、真のファンタジーを創る新たな物語の始まりだった。




