#86 理解されない
「つまりケン兄に絡んだ『響木』は『あっち』の響木じゃった、ちことか」
「いや。そう言うと別人みたいだからちょっと違うんだよ」
『ケンちゃんの弟』はこの件に関してなかなか理解してくれない。
「わからん。どっちが『響木』なんじゃ」
「だからどっちも僕だってば」
「けど全然ちがうじゃろが」
「それはそうかもしれないけど……。でもどっちも僕なんだよ」
この会話は何巡目か。
「けどさ、例えばケン兄があの日の怒りを今『ヒビノ』にぶつけても、すっきりするとは思えん」
「うーん……」
「それは『別人』やからちゃう?」
「だから『別人』ではないんだってば」
「どこが」
どこが、と言われても。
「……それより『ケン兄』はまだ僕のこと恨んでるの?」
なるべく人から恨まれたくはない。例え逆恨みだろうが、『僕』が標的でなかろうが。
「そら嫌っとるんは確かやな。けどもう恨み、ちほどやないかな」
「立ち直ったの?」
たしか喫煙による停学処分と追い討ちの失恋で『抜け殻状態』だと聞いていたが。
「うん。なんか新しく『恋』、な、したらしい」
「え!? あ、ああ、そうなの」
バカは単純でいいな。いや、なんでもない。
「なぁんかな、高校入ってからちょっと腑抜けたで、ケン兄。中学ん頃は女子に興味なんなかったし、もっとこう……かっこよかったのに」
「はは……。まあ笠井くんも高校生になればわかるかもね」
「ふうん」
なんとも言えない返事がきて苦笑いを返す。
「けど羨ましいわ。ほんまミト中」
「ええ?」
照れているのか机の端を見つめながら少年はボソリと呟いた。
「俺ももっと早う出会いたかった」
「いや、中学からの入部なら充分早い」「違うわい」
呆れたように遮られて「え?」と訊ねると、少し頬を赤くしてこちらをちらと見つつ掠れた声でまたボソリと言った。
「あんたと……、ヒビノと、響木先生と、もっと早う出会いたかった、ちこと」
ちょっと、言葉が返せなかった。
そんな僕を見て「ふん」と笑うと、「ケン兄に言うとく」と続けた。
「響木はええやつじゃ、ちて」
「……はは、ありがとう」
演奏指導でタクトを握る。慣れていない笠井はどうかと思ったが案外素直に「そうか!」「なるほど」などとなかなかいい反応をした。
真剣に食らいついてくるその姿はまるで、この時間を一秒たりとも無駄にしたくない、とでも言うようだった。
「やっぱあんた凄いよ。俺初めてちゃんと人を尊敬した」
瞳をキラキラ輝かせてそんなことを言ってきた。無邪気な笑顔を前になんとなく似ているな、と密かに思う。名コンビになったりしてな。梅吉と。
「おつかれさまでした。どうもありがとう」
ミト中のみんなのこと、よろしく。




