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#84 保護者ではない

「先生ごめんっ! ミオ迎えに行かんとあかんなった!」

「えっ!?」


 しっかり者の『長女』は待っていた僕にそう叫んだ。



「ミオ……妹さん?」

「そう! ほんまは延長保育で夕方までいけたやけど、熱出たみたいで……なるべくよ行かんと」


「そ、そっか、大変だ。……なんか手伝おうか?」


「えっ」

「え?」


「先生、手伝います?」

「……え?」


 勢いで申し出たがまさか本当に手伝うことになるとは。



「え!? ミクちゃん、その人は……?」


 こども園にて若い女性の先生は僕を見るなりそう言って目を丸くした。慌てて説明をしようとするもののなんと言おうか困る。


 一体どうしたら園児の姉の中学の教師が園児を迎えに来ることになると言うんだ。しかも担任でもない部活顧問が。


「吹奏楽部の顧問の先生」


 ミクさんは困る僕を気にせずそのまま簡単に説明した。案の定「ええ!? なんで」と返事が来る。


「まあなりゆきと言うか助け合いというか、そんな感じです」


 苦く笑うとミクさんが「じゃ、ヒビノ先生はミオをお願いしますね」と微笑むのでここでやっと『手伝う』という意味を理解した。


 真冬の昼下がり、部屋の隅に敷かれたお昼寝布団にぐったりと眠る少女は6歳だという。なるほど、これは重そうだ。


「吹奏楽部の先生、ちことは音楽の先生なんですか?」


 梅吉に比べれば軽いか、などと思案していた僕に、園の先生はにこやかに訊ねてきた。


「あ、ええ、そうです」


「えっ、ミト中の吹部の先生ち言うたらたしかこの前広報にえらい大っきく出てましたよね!?」


 僕の返事を掻き消して別の先生が叫ぶように言う。参ったな。しかもミクさんはもう一人の園児の妹を保育室に迎えに行っていてここには僕しかいないという状況。


「あ、あの、起きちゃいますから……」


 眠るミオさんをちらりと見つつ立てた人差し指をやんわりと口もとに近づけた。先生たちは小さく苦笑いをしたがお喋りは小声になってもとまらない。


「私、行きましたよ。この間の文化祭」

「えっ、本当ですか」


 広報を見た、という先生がそんなことを言い出すので驚いた。


「本当本当! いやあほんまに凄かったです。もう感動して。……うふふ、めっちゃ泣きました。もう大号泣」

「はは、ありがとうございます」


「合併、寂しいですよねえ。けど中学校の先生と交流って普段ないんで嬉しいです。……なんて」


「はは……」


 そんななんとも言えないタイミングで小さな園児を連れてミクさんが戻ってきた。


「ヒビノ先生、なに浮気しよるんですか」


 おお、冷えた目を向けられる理由はないはずだが。


「や、なに言ってんのミクさん」


「こども園の『若い』先生たちにデレデレしよった、ちて美咲ちゃんに言うで」


「ご、誤解だよ!」


 どうして僕より遥かに強い美咲先生の方にこんなにも味方がいるんだ。このままではさらに高確率で芹奈さんに刺される。


「文化祭の話をしてただけだよ。……ああ、そちらも妹さん?」


 話題を逸らすためにも訊ねると、姉に「おなまえは?」と促されて小さな妹は隠れながらポツリと答えた。「ミサ」


 これ以上誤解を育ててなるものか、とミオさんを背中に担ぐと、「気をつけて」と微笑む先生たちに挨拶をして園を出た。


「先生、重たいでしょ? もう18キロくらいあるんですよ」


 僕の隣で4歳のミサさんと手を繋いで歩くミクさんがそう教えてくれた。数字を知ると重さが増す気がするのは不思議だ。なぜ今教えるんだミクさん。


「まだ結構熱いよ。風邪かな?」


 ミオさんの体温で僕の背中はポカポカとしている。高熱というわけではなさそうだが心配だ。


「うーん。子どもってよく熱出すし、明日にはケロッと治りますよ。たぶん」


 どこかで同じセリフを聞いたな。どこだろう。


「ああ、梅吉のお母さんも同じこと言ってた」


 言うとミクさんが「えっ」と言ったあとで噴いて笑い出したのでこちらも堪えられなくなって肩を揺らした。背中のミオさんが起きてしまわないようになんとか笑いをおさめる。


「そうやん梅吉くん、熱でヒビノ先生がおんぶして帰ったことありましたよねえ」


 ミクさんは目尻を触りながらくつくつ笑った。泣くほど可笑しいか。


「あれもたしかに『子どもの熱』いうかね。うん、ほんま子どもとおんなじ」


 そして澄んだ真冬の風に吹かれて、陽の傾く朱い空を眺めながら続けた。


「みーんな、ヒビノ先生の、響木先生の子どもみたいなもんですよ」

「ええ?」


 子ども、というほど歳は離れてないんだがな。


「みんな先生に褒められとうて、一生懸命。褒められよったらほんにもう嬉しくって舞い上がって、叱られよったらほんにもう落ち込んで悔しうて」


 夕日に照らされるその瞳は輝いていた。


「私も、そんなふうに想われる存在になりたいです」


 それはまるで、夢を初めて誰かに打ち明けたような、照れた顔だった。


「なれるよ、ミクさんなら。素質ある」


 笑いかけたところで背中のミオさんがずり落ちてきて二人で慌てて立て直した。



 松川家ではお母さんにこの上なく感謝され謝罪もされた。「もう」と睨まれ「あかんかった? けどミオ重いやもん」と珍しく子どもっぽく舌を出すミクさんに「いいよいいよ」と苦笑いをした。


「ばいばーい」と手を振る妹さんたちに見送られながら、すっかり青が濃くなった空の下、僕は松川家を後にした。



「今日のこれ『特別指導』ちことでええですよ、ふふ」とミクさん自身が言うので特殊な形となったがまあ良しとしよう。


 では次の人、いってみようか。




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