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#83 弱くはない

「時間いっぱい指導してほしいんで、早速聴いてもらえますか、響木先生で」

「おお……。まあ落ち着いてよ」


 この生徒は本当に良くも悪くも『真面目』なんだな、と再認識した。



「少しだけ話そうよ。さく坊の話が聞きたいから」


 そう声をかけると真面目な少年は少し困惑しつつも渋々椅子に腰を下ろした。


「さく坊、ほんとに成長したよね。夏に比べて音がすごく変わった」


「いえ。全然、まだまだです」


 謙遜を受けて緩く笑った。


 自分の存在が部に迷惑になると思い「辞めたい」と言い出した夏合宿の夜。ナンプと共に説得をして思いとどまってもらった。


 あの日からさく坊がかなりの努力を重ねてきたのは僕もみんなもよく知っている。早くからの朝練、遅くまでの自主練、わからない音譜や奏法はすぐに僕やアマ高生に訊ねていたし、たぶん自分でも音楽に関する知識を深めている。合奏をしていてもそれが見て取れた。


「……辞めなくて、よかった?」


 ニヤリとしつつ訊ねてみた。


「いや。たぶん、辞めれんかった、ち思います」

「はは、なるほど」


「気づけたんです、あの時。ああ、これはもうハマっとる、いうことに」


 照れくさそうに言うので笑いつつ嬉しさが込み上げた。いい流れだからと、僕はこの話題を出してみる。


「さく坊、合併後もし吹奏楽部が続いたらさ、『部長』やってみない?」


「え!?」


 さすがに予想外だったようでかなりの驚きを見せた。その後は予想通り彼の表情は困惑へと移る。まあそうなるよな。


「で、できませんよ! 僕なんて弱っちいし、梅吉くんみたいにしっかりしとらんし頼りにもならんっ!」


「ふはは、強いとか弱いってなに。そんなの関係ないよ」

「あ、ありますよっ。弱いとバカにされるし、想いも伝わらん」


「そういう意味の『強さ』なら、さく坊は充分強いと僕は思うよ」

「え……」


 さく坊はその視線を宙に漂わせるとやがて床の一点を見つめて考え込んだ。僕は微笑んだまま、そんなさく坊を眺める。


「知識も技術もついてきてる。けど決定的に足りないのが『自信』かなと思うんだよね。だから『みんなを引っ張る立場』をもってその自信を身につけられたら、さく坊はもっと良くなる。もっといい奏者になれるよ。きっと」


「ヒビノ先生……」

「あとさく坊は梅吉よりよっぽどしっかりしてるし頼りになるよ。はは」


 これは全員が頷くはずだ。


「ね。考えておいて」

「…………は、はい」


「じゃ、演奏も見させてもらおうかな」

「あ、はいっ! よろしくお願いします!」



 真面目だなあ。音に出てる。だけど真面目過ぎてもダメなのが音楽。この生徒にはまだまだ伸びしろがあるというわけだ。


 彼の成長を近くで追いたいというのが本音だけど、そっと手を離して、離れた所から見守ろう。


 大丈夫。さく坊はもう、大丈夫だ。



「はいおつかれさま。どうもありがとう」


 では次の人、いってみようか。




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