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幕間 無理ではない

「大至急リコーダーを三本買ってきてくれませんか」


 繋がっていきなり言ったのは時間がなかったというのもあるが、要件を先に言ったほうが効果的だと思ったからだ。


 『タクト』でかければよかった、などとコスイことを思ったのは電話が繋がったあとだったから仕方ない。


「はあ?」


 案の定の返事がくる。だから用意しておいた言葉を返す。


「緊急事態なんです。美咲先生、吹奏楽部を救ってください」


 とか言いつつもしもどうしても無理だった場合のこともこの時点で頭の片隅で考えている僕は悪人だろうか。


「なにかの楽器の代わりですか? リコーダーなんて」


「説明はあとでします。とにかくソプラノリコーダーを三本。お願いします」


 どうかどうか、と頭を下げる。見えてなくても伝わると信じて下げる。


「でも今」

「え」

「ヘアサロンにいて」


 ああ。と落胆した。


「無理……ですか」


 なぜかグリグリのパーマをかけている美咲先生の様子が目に浮かんだ。なんでだろうな。『ヘアサロン』に関する僕の認識が甘いのか。


「いや、都合がいいの」


「……へ?」


 意味がわからないのだが。


「だから、隣なの。【伊川楽器店】の」


 え。と固まった。慌ててあのあたりの景色を記憶から引っ張り出す。あんな寂れた街角にヘアサロンなんて洒落た店があったか?


「と、とにかく、行けるってことですか!?」


「対価は?」

「は」


「対価」


 なんだろうな。どいつもこいつも、なんて思ってしまうのはどうしてだろう。


「う……なにか、なにか考えます。代金も僕が支払います。だからお願いします」


 ふうん。と相手が目を細めるのが伝わる。

 まったくどうして僕はこうも強者に弱みを握られがちなんだ。



 美咲先生が僕らの控え室を兼ねた体育館に現れたのはなんとたったの二十分後のことだった。


「す、すごい早さでしたね」

「ぶっ飛ばしてきたからね」


 安全運転はお願いしたい。


「ハイどーぞ」とリコーダーを渡してくれる美咲先生はもちろんグリグリのパーマではなかったが、いつもよりいくらか整っていて、いつもより少しいい匂いがした。


「……なにか?」


 まさかほうけていたはずはないと思うのだが。


「あ……いや」


 ゲホゴホ、とむやみやたら噎せた。



「普通に綺麗だなと思っただけです」



 え。とお互い固まる。しかし今のは紛れもなく僕の口から出た声だった。僕の……? いや。


 じろ、と手にしたリコーダーに目を落とす。まさか、コレ?


「え……今どっち!?」


 すかさず美咲先生が食いついてくる。

 面倒になって「ありがとうございました。助かりました。では」と打ち切ろうとするが当然そうもいかない。


「待って待って! ね、今『タクト』だよね!?」


「だったらなに」

 早く帰ってくれ。


「なんでいきなり変わったの!? リコーダーで!? 普段はペンや箸じゃ変わらないでしょ?」


「しらないっすよ」


 まさかと思うが、いつもより美人に見えた美咲先生と戯れたくて出てきたわけじゃないよな!?


 とにかくマズイと思った僕はリコーダーをさっさと近くにいた部員に渡して改めて美咲先生に向き直る。


「もしお時間あるなら、せっかくですし聴いていってください」


 美咲先生は戻った僕を明らかに不満げに見ながら「最初からそのつもりですっ」と口を尖らせた。


 はは。怒った顔も……なんて。本当にやめてくれってば、『タクト』。


 うつむき加減にピタ、と指先で自分の額を数秒おさえて、僕はこれから迎える本番に向けて意識を集中した。




〈幕間 終〉

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