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#71 ごっこではない

 真知さんの足はとても速かった。そして動きも俊敏。目にも止まらぬ早業で、捕まえられている僕の手に見事にそれを渡してくれた。はは。ありがたい。


「……手、離して」

「えっ?」


 俺を掴んでいた生徒は声色の変化にびびったのか驚くとともにすぐにその手を緩めた。


「はいはいケンカそこまで」


 自由になると揉み合う生徒たちの頭を掴んで強引に引き離す。前も言ったが俺になっても力が増すわけではないので気迫だけでの勝負だ。


「言っとくけど」


 デカめの声と睨みで相手を黙らせる。所詮は中学生。今は少しも恐くない。


「俺たちは遊んでるわけじゃない。『団結ごっこ』って言ったな。……は。どっちがそうだか」


 俺がそう挑発すると案の定リーダーの『ケンちゃんの弟』は顔を赤くして「なんやと!?」と怒り掴みかかってきた。ははん。威勢がよろしい。


「不良の真似ごとなんかのなにが楽しい? 『ケン兄』ね。あいつらタバコの楽しみ方も知らねーで勿体ない使い方して寿命縮めてバカだろ。バ、カ」


 兄貴をバカにされて更に怒った『ケンちゃんの弟』は俺の襟を強く掴んだ。ったく服がよれるからやめてほしい。これから本番だってのに。


 こちらを睨むガキを冷たく見下ろして「ふん」と笑んでやった。冷えた笑顔にびびったか反論はなく掴む力が徐々に緩む。


「あんた……、ほんまに教師?」


 失礼こいてくれる。梅吉がこっそり噴いて笑ってやがる。あとで泣かすぞこら。


「手厚い歓迎どうも。爆竹とか懐かしかったわー。そんじゃあ次はこっちの番ね。おまえらがバカにする『団結ごっこ』っての、やってやるから観に来れば」


「は。行かんっつーの! そんなつまらんそうなもん、誰が行くかいっ」


「ふ。……ああー。そうね。ならいいよ別に。興味ないなら邪魔なだけだし。やっぱ来んな。どうせバカには理解できない」


 このたぐいの中学生は────


「な……はあ?」

「いいな? 絶対来んなよ。演奏の邪魔だから」


「……い、行ったろやないか! 『邪魔』したるわ! ぶっ壊したる!」


 ────非常に扱いやすい。


「ふ」と薄く笑って「じゃ、搬入開始しまーす」とガキどもを無視していつも通りの指示を出した。



 ──パチン。


「なあヒビノ、ええんか? あいつらのことアマ中の先生に言わんくて」


 心配しているのはナンプだ。この生徒は心配性の平和主義なんだ。


「ええ? なんで」

「『邪魔したる』『ぶっ壊したる』ち、言いよったやないか」

「はは、大丈夫だよ。邪魔なんてさせないし」


 緩く笑って僕がそう言うと「ヒビノじゃ心配じゃけど、まあ本番中は『響木先生』やから大丈夫か」と複雑な失礼をこかれた。


「彼らを感動させる演奏をすればそれでいいんだよ。できるでしょ? 僕らになら」


 わざと挑むように微笑んでやると貫禄生徒は一瞬キョトンとしてから「うはは!」と笑った。


「けど一応曲順は変えようと思うんだ」


 リハーサルで僕はみんなにその旨を伝えた。


「それと少し、パフォーマンスも追加して。細かいことはあとで個別で話すよ」


 単純そうなチンピラくんたちを惹き付けるすべは簡単だ。要は『知っているそれなりに好みの曲』をハイクオリティでればいい。一曲目で心を掴んだら、あとはパフォーマンスで釘付けにしてしまえば最後までぜったいにのがさない。


 だけど今回はそれだけでは不十分だ。彼らを感動させるために必要な『決定的』なものが今の僕らにはおそらく欠けている。演奏には『メンタル』がとても影響するから。


「ひとつ大事なことを言うよ」


 いつもの緩んだ笑みを抑えた少し真剣な表情で僕は生徒たちに語りかけた。


「さっきのアマ中の生徒たちの態度はたしかに腹立たしかった。けどだからと言って『演奏で見返してやろう』って気持ちは持たないでほしいんだ」


 梅吉とナンプが「え……」と声を揃えた。他の生徒たちも納得していない表情だ。気持ちはわかる。だけどそれではいけない。


「相手がどんな態度だろうと、『天原中学の生徒』とは敵対しちゃいけない。わかるかな、彼らは『敵』じゃないんだよ」


 少なくとも今日の題目は『交流会』なわけだし。


「けどヒビノ! あいつらあんな、あんなことしてきたんやぞ!? それもいきなり!」


 やはり反論は出るか。


「わかるよ。けどそれじゃこの演奏会はうまくいかない」


 そう言うと僕は真っ直ぐにその瞳たちに向かって問いかけた。


「『音楽』とは?」


 春から、約八ヵ月。本番を迎える度に僕はその『魔法の呪文』を唱え続けてきた。ミト中吹奏楽部に、これでもか、と刷り込んできた。



「『音』を『楽』しんで、『音』を『楽』しませること、です」



 いつもなら梅吉かナンプが答えるところだが今日は意外な方向から返事が来た。


「おお、さく坊」

「ヒビノ先生。僕は天原中学を、許します」


 まっすぐな瞳には、もうあの日の炎は燃えていなかった。


「はは……、そう。そういうことだよ」


 嬉しくなって少し笑うと、再び真剣な顔に戻して続けた。


「彼らを全力で『楽しませる』。それが僕らの『すべきこと』だ」


 演奏に敵意は不要。

 アマ中の生徒たちは、『観客』だ。



 奏者は観客を楽しませるのみ。



「美音原中学──」


「「ぃよっしゃああああぁぁぁ!」」



 『団結ごっこ』?

 バカ言うなよ。


 正真正銘の『団結』だ。


 義務的な拍手が鳴る中へ、真っ直ぐに飛び込んでゆく。



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