#70 歓迎ではない
楽器を積んだトラックで校門から敷地内へと入ったところだった。
──パンパン、パンパンパンパン!
「えっ」
なんだこのけたたましい音は。
思わず停車しかけたが周りに人の気配もなかったので徐行しつつもそのまま搬入口となる体育館の脇まで進んでトラックを停めた。
恐る恐る降りて校門の方を覗く。真冬の冷えた空気の中聴こえた破裂音、それはおそらくあれの音でたぶん合っている。
あれとはつまり──爆竹だ。
でもなんで。そして誰が。
なんとなく嫌な予感を抱きつつアマ中の先生に挨拶をしに向かった。校門での不穏な空気と打って変わって底抜けに明るい、ハゲ頭のよく笑う中年の男性教諭だった。
「あの……、つかぬことをお伺いしますがその、校門の辺りで妙な音がしたんですけど、なにかご存知ありませんか」
「ええ? どんなです?」
「爆竹のような……」
すると先生は一瞬すっと笑みを消してからまたすぐににっこりとした笑顔に戻って大きな声で笑った。
「……まっさかあ!」
いや、聞き違いではないはずだがな。まあいいや、気にするのはよすことにした。
ミト中の生徒たちの到着を待ちながらトラックの荷台にてひとりで搬入準備を始める。生徒たちは公共のバスでこちらに向かっているはずだ。ミト中からここまではなんと約一時間半もかかる。隣の学校とはいえかなりの距離だ。ちなみに合併後は二校の間を取ってアマ高の空き校舎を中学として使用するらしい。それでも今より遠くなるのは明らかだし通学もバス利用となる。大変だな、田舎というのは本当に。
時刻は午前9時。そろそろ生徒たちが到着しはじめるかと考えていたその時だった。
先程聞いたけたたましい音が再び響くと共に女子生徒と思われる悲鳴が聞こえた。
反射的に校門の方を見るとそのまま走っていた。そこにうちの生徒の姿が見えたからだ。指揮棒を持った方がいいのか? 思うが手にする余裕はない。だけど一体誰が、なんのためにこんなことをするのか。
「はあっ、ああ、みんな、大丈夫?」
「ああヒビノ先生、えっ、うわあ、後ろ!」
「え!?」
真知さんが指さす方を見る隙もなく、僕は羽交い締め……というほどちゃんとではないがそれでもそれなりに身体の自由を奪われた。
僕を掴んでいる者とは別に三名ほどの学ランの、おそらくアマ中の生徒がいるようで、そのうちのリーダーらしい一人がナンプの肩に手を回して耳元で脅すように言った。
「俺らは認めん。『団結ごっこ』なんやっとるふざけたガキどもなんざ向こうの山にさっさと帰れ。わかるな? 俺らはおまえらの演奏なん一ミリも聴きとうないんじゃわ、カス」
う……。なるほどそういう態度で来るのか。
予想だにしない事態に全員が固まっていたが、ナンプがはっと我に返ったように反応した。
「な、なんじゃおまえらっ」
待て待て。揉め事はごめんだぞ。というか教師が目の前にいるというのにこんな大胆にケンカを売られるとは。本当になめられやすいんだな、僕は。はあ。
「……ちょと待ってよ。なんでそんなケンカ腰なの? 今日来ることは前から約束してたしアマ中の先生からも聞いてたでしょ」
僕がそう訊ねるとリーダーらしい一人の生徒は明らかにバカにしたような目をして「ふん」と鼻を鳴らした。
「今日来るちわかっとったからこうして準備しよったんじゃろが。阿呆」
おいおい、「阿呆」はさすがによろしくないぞ。
「響木、おまえにも恨みはあんやぞ」
「……ええ?」
初対面のはずだがなんの言いがかりだ。いや、そう言われるとどこかで見た顔のような気もする。それよりこの格好悪い羽交い締めをそろそろ解いてほしいんだが。
「けど聞いてたんと全然ちゃうな。あんた、ほんまに響木?」
「ああ、わかった。思い出した」
一見不良っぽくないどちらかと言えば可愛らしい少年顔のその彼に見上げられて、面影が脳内の記憶のひとりと一致した。彼はそう、たしかこう呼ばれていた。
──なんやセージ、タバコ慣れてんな
──オヤジのを……たまに
──うそおん!
──ケンちゃんよりオトナやん
「『ケンちゃん』の弟か!」
絶対にそうだ。見れば見るほど似ている。
僕の口から『ケンちゃん』という名前を聞くと少年は再び険しい表情となり「そうや!」とまたつっかかってきた。
「おまえのせいでケン兄たちはタバコがバレて停学処分、カノジョにまで振られたんやぞ!?」
「う。それは……気の毒に」
自業自得だ。というか完全に逆恨みだ。
「しかもそのカノジョさん、今はミト中の奴と付き合おとるち言うやないか! ケン兄がどんな気持ちかわかるか!? 怒りも通り越してもう抜け殻じゃ! 俺は、あんなケン兄……見てられんっ!」
「は、はあ」
ミト中の……。誰だろうと思う必要もなく久原くんだろうと予想ができた。引退していて彼が今日不在でほんとうに、ほんとうによかった。
「とにかくそういうわけでミト中には恨みしかない。やから立ち去れ。合併も反対じゃ。アホが移るし二度と来んな。団結ごっこはお家でだけにしろや」
弟の方が兄貴より幾らかちゃんとしている気がするが今はそんなことを考えている場合ではない。
それは頭に血が昇ったナンプと梅吉がすでに相手に掴みかかっているからだ。ああもう、バカだな。
「……真知さん真知さん。トラックの助手席にさ、指揮棒があるから────」
せこい? いや僕はこういう揉め事は苦手だって前から言っているじゃないか。




