#66 普通の文化祭ではない
兎にも角にも本番だ。これを成功させないと意味がない。
集中しよう。
「もっと頭狙って!」
館内に戻ると学指揮として梅吉がチューニングと基礎合奏をしていた。う、なかなか荒いがまあ彼らしい指揮だ。
「ちゃうなあ、なんで合わんのじゃ」
「おまえの指揮が悪いからだ」
横から声をかけるとびくん、と青くなって引き攣った笑顔を見せる。「響木先生っ」
「代われ。下手くそ」
見下ろして「ふ」と笑ってやると坊主頭の見習い指揮者は少し嬉しそうに「ひひ」と苦く笑った。
天文博物館の中にある、小さな会場。
もともと催し事だったり展示をするためのスペースでステージや客席があるというわけではない。そのため幕や舞台袖なんてものも当然ない。ありったけの椅子を並べて作った客席。そこからほど近い所に人数分のパイプ椅子を緩く弧を描くように並べ、その中心に学校から持参した指揮台を設置すれば僕たちの舞台の完成というわけだ。
パーテーションで簡易に作った舞台袖からそっと観客の入り具合を覗いた。
普通の中学の文化祭なら観客は部員以外の生徒が主となるが、全校生徒が部員のこの中学の場合はそうではない。
客席を埋めるのは大人がほとんどだ。保護者や、職員、それから見覚えのあるアマ高の生徒たちやおそらくアマ中の生徒らしい姿も僅かに見られた。
なんにせよ狭いおかげで席は満員。ここで今から、僕たちの最後の演奏が始まる。
気を引き締めて本番直前のミーティングを始めた。
「みんな。いい? 三年生は、これで引退。みんなでやれるのは、今日で最後。チャンスも、今日で最後。『やること』それはなに? 梅吉」
「出し切ること!」
「そうだね。だけどさ、今日は『文化祭』。『祭』だ。……ということは、もうひとつ『やること』がある」
「……え、なに?」
問う梅吉と全員に笑顔を向けた。
「楽しんで」
その気持ちが、『音』になる。
緩く笑って、魔法の呪文を唱えた。
「『音』を『楽』しんで、
『音』を『楽』しませて」
「美音原中学──」
「「おおおおおっ!」」
コンクールの時のような悪い緊張感は今はもうない。彼らは、確実に成長している。
『楽しむ』
そう。余計なことを考えるのはやめだ。今日という日があるのは今日だけ。一度きりのお祭りなんだから。
温かな拍手の中に、一気に飛び込んでゆく。




