#36 女子ではない
楽器搬入が終わると女子部屋となる広めの座敷でアマ高生とともにミーティングが行われた。仕切るのはアマ高顧問の松阪先生だ。
敏腕女性顧問だと噂の松阪先生は以前サマーコンサートでその指揮を見て察した通り、学生時代は声楽をメインにやってきた音楽教師だそう。だからといって吹奏楽に疎いわけではなくしっかり勉強しておられることがその指揮からもわかった。
見た目はお上品な奥様……なんて言ってはどうなのかと思うが美咲先生と比べるとなんというか、安定感とかがある。その松阪先生が前に立つのを僕は生徒たちの後ろから眺めていた。
「お互い刺激しあって、実りのある合宿になるようにしましょう」
実りある。その通り。そしてその実が本番までにしっかり熟れてくれればいい。
「とりあえず初日なので中高混合でパート練習をしてください。場所はとくに決めていないのでパートで自由に。中でも外でもいいですが基本金管は外でお願いします」
「「はいっ!」」
というわけで各パートに分かれ初日の練習は和気あいあいとした雰囲気で楽しく進んだようだった。
そしてやはりというか、僕は練習場所を回る合間に松阪先生に「あの」と声を掛けられた。
「響木先生って……その、指揮なさる時、普段と全然雰囲気が違うんですね」
「えっ」
「声色まで違ったから。どなたの声かと思いましたよ」
ふっふふふ! と高く笑われてしまい「お気になさらず」と苦笑いで返すよりほかなかった。
そして夜──。
パック弁当をつついて順に風呂。大浴場なんかはもちろんないため普通の古い家庭風呂だ。二、三人ずつで手早く済ませるのだが、女子はいろいろと大変そうだった。
特にアマ高は全員が女子。「男はあとね」という有無を言わせぬ圧に苦笑しつつ我らミト中男子部員は約八十名もの女子たちの風呂を待つこととなった。僕に至っては更にその最終だから、下手をすれば冗談抜きで朝になる。
「まあ吹奏楽部って普通は女子が多いから、男の居場所って基本的にはあんまりないんだよね」
男部屋で暇を持て余す男子生徒たちにそう言って「せっかくだからなんか話す?」と誘ってみた。
「え……なら質問!」
早速梅吉が手を挙げた。
「なんでも答えるわけじゃないからね」
嫌な予感がして慌てて釘を刺す。
「ヒビノも吹奏楽部やったんやんな? どんなやった? 中学? 高校?」
ほう。案外真面目な質問だった。
「高校からだよ」
言うと「意外」と反応された。
「やっぱ女子が多かったんか?」
「そうだね。でも僕の世代は顧問の先生が男性だったから。男子にもそれなりに居場所はあったよ」
「指揮は?」
「指揮は大学から」
「どこ大学?」
「ええっと……興味あるの?」
訊ねると皆コクコクと首を動かす。大学で人を測るのは正直良い事と思わないが興味本位丸出しの雰囲気にはつい笑った。
「県内の国立大……って言えばわかるかな」
わかった顔をする生徒とポカンとする生徒にはっきり分かれるから面白い。まだ中学生だ。大学なんて言ってもピンと来ない者が多数だろう。
「音大じゃないんやな」
意外なことを言うのはまた梅吉だった。
「そうだね」
音大を出なくとも音楽教師にはなれる。
「指揮って、当然あれじゃろ? 大学では……どんな感じやったんや?」
今度はナンプが訊ねてきた。
「どうって、そのままだよ。普段は『僕』で、指揮する時だけああなる」
じつは大学でも吹奏楽団の指揮を多少していた。今のような子ども相手ではなく同世代が相手となるから、当然その分いろいろと苦い思いもしてきたわけだがここで語ることではない。
「大学の仲間はどんな反応してたんや?」
「ああ、最初は驚くよね。でも慣れてくれたよ」
ふうん、という空気の中でまた別の声がする。
「……ならさ、人生でこれまで何人と付き合おた?」
「へっ?」
「女や、女。いちばん最初にヤったんはいつ?」
う、油断していた。こういうことを訊いてくるのは絶対久原くんだ。思わず顔を赤らめる一部のウブな生徒たち。一方で本気でポカンとして「『ヤる』ってなにを?」などと真面目に訊ねる者がいるからなおのことタチが悪い。
「……教えるわけない」
「ならいちばん最近はいつ?」
「教えないってば」
「美咲とは?」
「教え……いや、なに言ってんの」
「ははん。まだなんも言うてないけどな」
「……いやいや。美咲先生と? ないよ。期待に添えず悪いけど」
未来永劫ないと思う。
「そいや美咲、ミクんちに行きよんやろ? 今夜も?」
梅吉が話を変えてくれて助かった。
「ああうん。明日も朝からいろいろ手伝いがあるみたいだし、今回の合宿には来れないと思うよ」
合宿があるから部活を手伝えと言った手前、美咲先生が参加出来なかったことは申し訳ないが仕方ない。後から「羨ましい」だの「こっちは大変で」だの散々言われるだろうがそれもまた仕方ない。
「残念やのぉ。絶好のチャンスやったのに」
口元に指先を当ててくくく、と肩を揺らす仕草が憎らしい。彼こそ夜中に女部屋に侵入しないか見張っておくべき存在だ。
「そういうのやめてってば。見てたらわかると思うけど美咲先生は僕のこと嫌ってるからね」
すると久原くんは「まあそれはそうな」と頷いてからすらりとその目を細めてくる。
「『僕』のことは、な」
くはは、参った。この生徒は本当に勘がいい。意味がよくわかっていない生徒が多数のようなのでいい頃合いだと判断して「じゃあもう雑談おわりー」と早々に逃げた。




