#33 盗み聞きの許可ではない
昼休みも終わりに近づき、音楽室に呼び出していた久原くんと真知さんを各教室に帰らせた。続いて自分も出て施錠をしていると、なんだか中から視線を感じる。
不意打ちのようにしてドアに嵌め込まれた窓からパッと中を覗いてみた。すると、ズラリと並んだ打楽器の陰に制服のスカートがヒラリと見えた気がした。
真知さんか? いや……。彼女はさっき廊下に出たはずだ。不審に思って再び音楽室へと戻る。
「……誰かいる?」
さっきの会話が盗み聞きされていたということか。一体誰が?
しん、とした音楽室。息でも止めているのかもしれないが誰かがいるのは確信していた。
その時、予鈴のチャイムが鳴った。なんとなく張り詰めた空気だったからか突然音が響いたように感じた。それはこの部屋にいるもうひとりにとってもそうだったらしく、音に驚いてわたわたと慌てる様子が伝わってきた。
コンコロロン……。
僕の足元に転がってきたのはピンク色の鉛筆だった。拾い上げると、よく知らないアニメキャラが印刷されている。
「あっ!」
「うお」
ティンパニーの後ろからガバリと立ち上がったのは一年生のユーフォニアム担当、咲良さんだった。ああ、たしかこの生徒は。
「……なにしてるの、咲良さん」
「えっと……ネタ集めを」
そうだ。漫画家なんだった。
「真知ちゃんと誠司くんは、絶対未来で結ばれると思うんです」
なぜここにいたのか、いつからいたのか、そんな話がしたいのに相手はこんな斜め上のことを言ってくる。参った。
「家が隣どうしの幼なじみで、あのツンデレな雰囲気。ヤバいですよ、ヒビノせんせ。二人が夜の音楽室で本当はなにをしてたか、妄想しだしたら…………うわわわわっ!」
「……咲良さん」
気持ちはわかるが、いやよくわからないが、とにかく盗み聞きのようなマネはやめてほしい。あとメガネを曇らせるな。興奮するな。
「あの。二人が今後なにかイイ雰囲気に進展しそうなイベント……ええと、予定はありますか!? 例えば泊まりがけの練習とか! ひゃー」
……ええと、『イイ雰囲気』になるのかどうかはさっぱり知らないが『泊まりがけの練習』なら。
「まだみんなには知らせてないけど、あるよ。夏に『合宿』の予定が」
「がっ!」
しゅく、は言えずに仰け反ってしまった。大丈夫か。
「……咲良さん。あの。ネタ集めはいいんだけど、自分の練習もちゃんとやってね? 低音パートもバンドにとってすごく重要な役割なんだから」
彼女が自主練にほとんど顔を出さないことは低音パートのリーダーから報告されて知っていた。聞くまでもなく、また描いているんだろう。
「もちろんです、せんせ。わたしユーフォに命かけてますから」
「え」
そこまでしろとは言ってないが。
「恋してますから。ユーフォに。ゾッコンラブです」
咲良さんは自身の頬を桜色に染めならがら「ちゃんと連れて帰ったりもしてます」と言って鼻の穴を膨らませた。「持って帰る」ではなく「連れて帰る」。なんだそれは。けど彼女なら冗談抜きで楽器を擬人化したりもしそうだ、と想像しかけてやめておいた。
「……ならいいんだけど」
特に意識したわけでないこの返しを『盗み聞きをしてもいい』と勘違いしてくるからこの生徒は怖い。
今度こそ音楽室に施錠をして咲良さんとともに緑色の廊下を歩く。僕は次の五時間目は空きだが彼女は当然授業がある。本令のチャイムまでにちゃんと教室に帰さなければ。
その咲良さんはというとまだうっとりとした目のままで心配になるがこの生徒はこれが通常なのかもしれない。
「それにしても誠司くんってほんと、恋愛モノの題材にし甲斐のある恋多き男なんですよ」
恋多き男……? 源氏物語が頭をよぎるがあいにくそんなに詳しくはない。
「今の彼女、誰と思います? ヒビノせんせも知ってる人ですよ」
「はあ」
悪いがそれほど興味はなかった。
「石川先輩です。アマ高のクラリネットの」
「いっ!?」
さすがに大きく反応してしまった。なるほどどうりで……いろいろと辻褄が合った。
「その前は芹奈ちゃんで、その前なんか美咲先生と、って噂なんですよ!」
「…………はは、すごいね」
なんとも反応しづらい話だが、咲良さんの取材力も侮れないな、などと思って苦笑した。
「誠司くんと真知ちゃんを元にした幼なじみラブストーリー、ヒビノせんせのお陰でいいのに仕上がりそうです! また協力お願いしますね!」
待て待て。僕はなんの協力もしてないぞ。妙なことに巻き込まないでもらいたい。
ほくほくと笑みながら、漫画家センセイは一年生の教室へと帰っていった。




