#27 どうなるかわからない
さて。そんなこんなで翌週の水曜日。いよいよ初めての『合奏』という日を迎えていた。
つまりは僕の例の『秘密』をみんなに明かすというわけだ。梅吉や久原くんから聞いて既に知れ渡っている可能性もあるが、なんにせよ初めての『合奏』。どうなるか自分でも予想ができなかった。
音楽室の中、校庭側の窓際にある指揮台を囲むように半円状に椅子を並べていると、パートでの音出しを終えた梅吉が現れた。ちらりと僕の顔を窺ってくるのはたぶんまだ僕が『ヒビノ』かを確認するためだろう。
「ああ梅吉。椅子足りるか確認してくれる?」
「あ……はい」
思わぬ敬語に噴き出しそうになるのを堪えた。なるほど。緊張しているのか。
「はは、硬いね。リラックスしないといい音出ないよ」
雑に肩を揉みほぐしてやると「や、やめろ、擽ったいっ」と暴れた。
「子どもだなあ」と笑いながら指揮台の方へ向かってそこにも椅子をひとつ置いた。ほかの生徒たちも徐々に集まり楽器の音や話し声で賑やかになってきた。
さて。では始まりといきますか。
大きく二度手を打ち鳴らして注目を集める。
「はい、聞いてください!」
瞬時に場が静まって緊張感が漂った。
「ええと、今日は初めて合奏するわけなんだけど、先にみんなに……言っておかないといけないことがあります」
指揮台のところに置いた椅子には座らずに、立ったまま僕はそう切り出した。
「梅吉と久原くんから聞いてるかもしれないけど、僕は指揮者になると、かなりキツくなる。『僕』であることは確かなんだけど、『僕』と思わないでもらった方がいいかもしれない。それだけ、言っておくね」
そう告げると僕は少し緊張しつつ「じゃあ、始めます」と俯き加減に呟いた。
譜面台に置かれた指揮棒にゆっくりとこの手が触れる。と、僕を取り巻く空気が瞬時に変わる。
そのまま用意していた椅子の座面に履き物のままひょいと登って、窓側の壁を背にして椅子の背もたれの上部に腰を下ろした。
しばらくそのまま俯いて、やがて小さく息をついて顔を上げる。
「合奏の始まりはチューニングから」
そこにいつもの緩い笑顔はない。さて。どう見ていこうか。
「チューニングとは『音合わせ』。基本の一音を全体で共有して、バンド全体の音を合わせる。梅吉」
「えっ……はい!」
いきなり指名されて慌てたらしい。部長なんだからそのくらい想定しといてほしいところだが。
「上の『ド』B♭の音、出る?」
「い、一応出る……出ます」
「ん。じゃ、吹いて」
恐る恐る、といった様子でキウイ坊主はそこに息を吹き込んだ。
──……
か。これは『ひどい』。その一言に尽きる。前回は省略したが今回はここで『あえて』感想を述べてやる。
「……なんだそれ。それで『出る』なんてよく言えたな」
合わせるどころかかろうじて出せてるレベルじゃねーの。言葉を受けて梅吉は顔を引き攣らせた。まあ笑うこともできねーわな。
「音がまず揺れてる。音が安定しないと他の人の音とは合わないのはわかるな? その練習をまず意識して。つーかそんなん基本の基本」
「は……はい」
この梅吉の生贄を開始の合図に、続いてパートごとや個人相手にチューニングについての説明や指導を進めた。どいつもぱっとせず結局今日の合奏は曲を吹くことなく終わりの時間を迎えていた。
「ちっ、もう時間かよ。はー。おまえらまじクソ。練習全然足りてないのわかったろ。今日言ったこと踏まえてもっと日頃から本気出して。ほんとはまだ全然足りないけど時間だから今日はこんくらいにしとく」
そして音もなく指揮棒をそこに置く。静まり返る中、少しの間そのまま俯いていて、やがて「はあああ……」と脱力して椅子の座面に腰を落とし体育座りの体勢で小さくうずくまるとそのまま動けなくなった。
もう、なにを言ってるんだ……!
「えっ、大丈夫ですか」
指揮台のすぐそばの位置に座る芹奈さんがそう声を掛けてくれる。僕はもはや苦く笑って「いや……大丈夫? みんなこそ」と小さくなったまま生徒たちの顔を順に眺めた。
みんな泣きそうじゃないか。いや泣いてるじゃないか。最悪だ。最悪だよ。
「ごめん、ほんとにごめん。嫌になったりしてない? 辞めたいとか……言わないでね? ああ梅吉、ほんとごめん、ほんと特に謝りたい」
両手のひらを合わせて梅吉にひたすら頭を下げる。そんな僕にみんなはざわめき、やがて笑いが起き始めた。
「いやヒビノ、ギャップありすぎやろそれ!」
ナンプがそう言うと、緊張から一転、音楽室にどかっと笑いが起こった。
「そ、そうや、あんだけ思いっきりいろいろ言っといて今更謝んなや! どう受け取ればいいんかわからんやろがっ!」
梅吉がそう言ってくれるのには救われたが申し訳なさは拭い切れない。
「……にしても『クソ』は言い過ぎだよ。ああもう、みんな頑張ってるのに。ほんと、ほんとにごめん」
どれだけ謝ろうが言った言葉は消えない。はあ。それでも謝らずにいられなかった。
「まあ……こんな感じでこれから毎週水曜は合奏の日にしようと思うんだ。嫌かもしれないけど、ごめん、慣れてください。僕もいろいろと努力はするから」
「は。毎週しごかれるわけやな。『響木先生』に」
ナンプに皮肉っぽく言われ「んん、まあね」と否定はできなかった。




