#24 響木ではない
さて。そんなわけでここは音楽室。
難航した件もあったがまさか一週間ほどで全校生徒が揃うとは僕自身も思っていなかった。
「揃ったね。42名、それぞれ楽器は持ってるね」
不登校だった芹奈さんも、多妹弟のミクさんも、漫画家の咲良さんも無事にこの場に来てくれている。そしておっかない不良の久原くんも昨日のうちに「いいで。やったるわ」という頼もしい返事をくれた。
とにかく部員は目標の『全校生徒』になったわけだ。ついにやった。これだけでも充分すごい。だけど浮かれる暇はない。ここがスタート、ここからが勝負なんだ。
「これから僕たちの挑戦が始まるわけだ。全校生徒で全国大会。コンクールは八月。……やれる?」
「「やるっ!」」
梅吉とナンプが叫ぶと、他の生徒たちからも口々に気合いの声が聴こえた。
その夜天ぷら屋に帰宅して全校生徒が揃った旨を大将に報せた。吹奏楽部をやると話してからずいぶん心配をかけてしまっていたから。
するとなんと営業中にも関わらず大将がとっくりを持って現れた。おいおい、本気か? 座りながら思わずたじろいだ。
「まあまあ、たまにはええやないか、な? 先生」
仕事着のままごく自然に僕の前の席に腰を下ろして酒を勧める。いや、自営業とはいえ自由過ぎやしないか。おかみさんに助けを乞おうとするも近所の寄り合いだかで今日に限って不在らしい。ああ、詰んだな。
「いやぁ、僕はお酒は、すっごい弱いですから」
一応抵抗はしてみる。まあ無駄な抵抗だろうが。
「なに、せっかくやんー。ちょこっとだけ。一杯だけ」
「はは……」
厚意は嬉しいができればまじで飲みたくない。無駄とわかりながら何度かやんわりと断るがやはり聞いてはもらえない。
「一杯でもすぐ酔うんですよ。大将に迷惑かけるわけにはいきません」
「なんや潰れたらちゃーんと部屋まで運んであげる、ちうの。先生なんひょろひょろで軽そうやし余裕じゃわ」
そんなまさか。いくら僕より大将の方が筋肉があるとしても親の歳に近い人生の大先輩にそんなことをさせるわけにいくか。
「いや、ほんとに」「えーからえーから。今日くらい飲み。めでたいやないかい、えらいことがんばってやーっと揃ったんじゃろ? 全校生徒。ほれほれ」
んん……。こうなると断れないのが僕の悪いところだ。後がどうなるかわかっているというのに。
「……ね、全校生徒って、それほんと?」
いつの間にか美咲先生がいた。
「ほんまやほんま! すごいんやで美咲ちゃん、この響木大先生は!」
「ええ!? 一年生から、三年生まで? 芹奈も?」
「そーや。熱かろ? 応援しとるんやで、ほんま。全国優勝な! がっははは!」
ああ。大将はまだしも美咲先生にも『コレ』を見せることになるとは。憤っても時すでに遅し。はは。こうなったならもう反応を楽しむとするか。
「……まあ実際厳しいですけどね。まず当然レベルが低すぎる。意識は低いわけじゃないけどバラつきもまだあるし、どこまでまとめられるか俺にもまだわかんないっすよ」
「まあなー、そらぁ全員素人ちうわけや。状況が厳しいんは当然。けどもそこもまた乗り越えて行くんじゃろ? 響木大先生は」
「大先生はよしてください。俺も顧問の経験はほぼないんすから。ほんとまるごと素人集団っすよ」
美咲先生が目をぱちくりしている。ははん。気づきました? 大将は構わず話し続ける。
「なんか『策』でもあんのかい?」
「ああ、アマ高の先生といろいろ相談させてもらってます。まだちょっと先の話だけど『合宿』をね、やろうと思ってんです。アマ高と合同で」
「ほほお、合宿か。そらええな」
「はい。夏休みの初日からと、大会直前。そこで詰めます」
「二回もやるの?」
美咲先生が突然訊ねてきた。話に入りたいらしいからちょうどいい。この機会にこの人も引き込んでおこう。
「美咲先生も参加、お願いしますね」
「……え、はあ!?」
どうやら『いつもの勢い』で接しようとしてきたらしい。けど残念ながら今の俺は『いつも』とは違うんだな。
「……あんね。わかりません? 女子生徒が半数いんのに俺だけじゃどーやったって無理っしょ。アマ高の顧問の先生と美咲先生が面識あんのも知ってます。しかもアマ高、母校らしいじゃないっすか。美咲先生以外に適任はいないと思うんだけど」
「へ……」
「前からオファー出してますよね? この際聞きたいんだけど、なにが不満なんすか? 俺がムカつくとかなんとか言ってたけど、そんなん口実っしょ。美咲先生のほんとのことろを教えてください。芹奈のこと? それなら本人にも母親にも了解済みなんで心配無用っすよ。つかあんた学校に戻りたかったんでしょ? なら願ったり叶ったりじゃないすか。ただ意地になってるってだけならめんどいんでまじでやめてください」
ため息混じりに腕をまくり脚を組んだ。はっきりしない相手はとにかくイラつく。唖然としてないで早く答えを聞かせてくれ。
「あなた……誰?」
さて。誰だろーね。
「響木ですけど」
「うそ! 響木はそんなんじゃない!」
さすがに大将もこの異変に気づいたらしく戸惑いのこもった顔を美咲先生とともに傾げ合っていた。はは、すんませんね。
「あの。話そらさないでくれます? やんのか、嫌なのか。嫌ならなにが嫌なのか、ちゃんと教えろって話。こっちはもう待てないんだよ」
顎に親指を当てつつじろりと見ると相手はまたいくらかたじろいだ。
「べ、べつに嫌ってわけじゃないけど」
「ならやってくれるんすね? 取り消しはなし。いい? やるからには文句や手抜きは一切なしで。よろしくお願いします」
「は、はい」
は。屈辱的ですか。あの響木にこんなふうに言い負けるのは。
ああ。おもしろかった。んん。そろそろタイムリミットらしい……。
「先生、いやあ、どうしたんじゃ? なんやまるで、別人ちうか……あれ」
「……」
「先生?」
「……寝てる!?」
翌日の夕方になってもまだ頭痛と胃の不快感が抜けなかった。はあ。飲酒後いつものことだ。
「ただいま帰りました……」
「ああ先生、大丈夫か? え、まだ二日酔い抜けんのかい」
「ああ……すいません。晩ごはん今日はお茶漬け、少なめでいいです」
大将は未だよれよれな僕を見て呆れ半分心配半分という顔をした。これに懲りて酒に誘うのを控えてもらえるとありがたいのだが。
「しっかし驚いた。酔うてあそこまで変貌するやつぁ見たん初めてじゃわ! はっは!」
「はは……だから言ったじゃないですか」
「記憶はちゃんとあるんでしょうね?」
う……。美咲先生。まずい。殺される。
「あ、あります……すみません、その、なんというか」
そう。悲しいがいつも記憶はちゃんとあるんだ。言ったことも一言一句しっかり憶えている。だから余計につらい。
「……はー。調子狂う」
どんな苦情を浴びせられるかと覚悟したが相手は意外にも特になにも言わずにふいとどこかへ行ってしまった。




