#23 教師ではない
◇
カゴのひしゃげたママチャリがうららかな初夏の日差しを浴びる美音原中学前のバス停の傍を通過してゆく。
学校からは古びたチャイムの音が聴こえる。ママチャリに跨る学生服姿の金髪男子は校門をくぐることなくそこからぐんぐんと離れていった。
道のりは曲がりくねった山道。軋むタイヤに道端の虫たちが驚き逃げ出す。道路は古くでこぼことしていて自転車を走らせるとハンドルやサドルから激しく振動が伝わる。しかしどうやらこの生徒は慣れているようであまり気にしていない様子だった。
小一時間ほど走ったところで別の学校の校門が見えた。金髪男子は躊躇なくその敷地内へと進む。適当な場所に駐輪すると、慣れた様子で校舎脇の一角に顔を出した。
「おお、セージやん。おまえもやる?」
似ているが微妙に違う学生服、高校の制服に身を包んだひとりがタバコを片手にそう声を掛けてきた。答える代わりに無言で受け取る。
ここは天原第一高校。久原 誠司が不良の先輩たちと出会ったのはまだ桜が散り始めたばかりの春の日のことだった。中三になってから担任の中村と気が合わず学校に行かなくなった。暇をもて余して街の方へ向かうと、駅前でこの不良高校生たちに絡まれケンカになった。
誠司は昔からケンカが強かった。あっという間に二人倒したところでリーダーらしい男に「一緒に来る? 教えたるわ、いろいろ」と誘われ今に至る。
集まる場所はアマ高の敷地内やその周辺。店の前で雑誌や漫画を読み漁ったり、今日のようにタバコや酒を自宅から誰かが持ってきてみんなでやる、というような日常。
特に楽しいとは感じていなかったが、それなりに暇を潰せるのはよかった。
誠司にとって面白いことなんてどこにもなかった。子どもの頃は野球やサッカーもそれなりに楽しめたが今となってはやる意味がないように感じてしまう。勉強も教科書をパラりと見ればだいたいの事柄や解き方がわかるのでそこまで楽しいなどと感じることはないし、本もゲームも一度目を通してしまえばすぐ魅力をなくす。同じような理由で物心ついた時から何年も同じ顔ぶれの中学のツレと一緒にいるのもなんだか飽きた。
加えてこの田舎。刺激なんてものはどこにもないと言えた。唯一からかい甲斐があったお気に入りの女性音楽教師も、この春結婚して退職してしまった。
つまらない。
つまらなかった。
その男と出会う、その日までは。
◇
不良。いつの時代もこういう生徒は不思議と存在するものらしい。
梅吉に聞くと「真知のが詳しいで」と意外なことを言われた。
「家となり同士の幼なじみやもん」
なるほど。しかし真知さん本人の返しは「しらんよ」というあっさりしたものだった。
「そら昔はよう喋ったけど。今は全然。どこでなにしよるかもほんまに知らん」
「アマ高の不良たちと一緒にいる、って話は本当なのかな」
真知さんだけでなく全員に聞こえるように僕が訊ねると、ひとりの生徒が「ああ、見たよ私」と手を挙げた。
「えっ……ミクさんが?」
答えてくれたのは意外な生徒だった。
「うん。天原のほうまで買い物に行った時、高校の近くで見かけたんよ。誠くんが何人かの高校生の人らと歩いてくん」
たぶんやけど、タバコ持ってたよ。
付け足された言葉に生徒たちがザワつく。おいおい。中学生でタバコか。
「……わかった。ありがとう。この件は危ないかもしれないからみんなは絶対に勝手に会いに行かないように。僕が責任持って話してくるから」
まあ『僕が』というと語弊があるかもしれない。でも少なくとも『僕』よりは上手くやってくれると思う。
──アマ校で不良が溜まる場所、わかる?
西野さんにそう訊ねると、その隣にいた石川さんがなぜか詳しく教えてくれた。
──自転車置き場の近くの、非常階段のとこらへんです。お昼前くらいから、夕方暗くなるまで。
彼女は一体どうしてそんなに詳しいのか。どうでもいいが確実な情報はありがたかった。
そんなわけで平日の真昼に俺は高校に参上していた。中学には「諸用です」と言って午前休をもらっている。そうでもしないとまた梅吉やそのへんの生徒たちに嗅ぎつけられる危険があったからね。まじめな『あいつ』はズル休みすることを直前までかなり渋っていたが事情が事情だから仕方ない。
目的の場所に近づくとターゲットがちゃんといるか陰から様子を窺った。
「げえっほ、ごほごほっ……!」
ふんわりと漂う、芳しい香り。やっぱタバコか。ちゃんと価値もわかんねーやつらが無駄にしてくれてまったくもったいない。
堪らず舌打ちが出る。
「ひっ、ケンちゃんむせてるん、だっさ」
「うっさいボケ! しばくぞ」
「二本指もええけどさ、こう……親指と人差し指で摘むんもカッコよない?」
「おっさんの爪楊枝やろそれ」
「かっはははは!」
ひいふうみい……。不良は全部で五名。その中に我らがミト中の制服を着た金髪が一名見えた。
はいはい。あれが久原 誠司ね。
不良というと家庭環境に問題がある場合も少なくないが久原に限ってはそういうわけでもないらしい。父親も母親も健在で特に金銭的に厳しいということもないという。ならなんで、などと詮索してもたぶん答えはない。要は『生まれながらそういう性格』なんだろう。はあ。まったく救いようがないねー。
「なんやセージ、慣れてんな」
「ああ、オヤジのんを……たまに」
「うそおん!」
「ケンちゃんよりオトナやん」
「うっさいわ! しばくぞ!?」
「あ、俺にも一本くんない?」
「!?」
本人だと確信を得るのと同時にそう話し掛けた。当然不良どもはキョトン。っはは。なかなかのマヌケづらだ。傑作。
「誰、あんた」
やり慣れているのかその眉間の縦皺は深い。こうして悪い人相というものは作られていくんだろうなぁ。恐らく叱るそぶりがない俺を教師ではない得体の知れないものとでも思っているんだろう。これでも一応教師なんだけどねぇ。
「ああ、ケンカしたいわけじゃなくて。そこの『久原くん』に用があんだよね」
名前を呼ばれて金髪がぴくりと反応した。
「……は?」
久原は怪訝な顔をして立ち上がった。ふむ。案外背は高い。目線はほぼ同じだった。
「っは。タバコねぇ。慣れてるみたいだけどコレは立派な違反だからね。まあ褒められたもんじゃないよ。しかもあんたまだ中学生っしょ? ふ、早死にしたいの?」
言いながら相手の手からそれを取ると、構わず口を付けてふー、と長く煙を吐いた。おお、結構いいやつじゃん。最後までいただいとこ。
唖然と固まる久原の横を抜けて不良どもと同じように屈みその火を地面に押し付ける。ったく、灰皿もないのかよ。
「やー。っはは、久しぶりだ。ここ最近なっかなか吸える機会がなくてね」
快感だった。っはは。
あーあ。タバコ嫌いの『あいつ』からは大ブーイングを頂戴しそうだ。けどこんなの目の前にして我慢できるほど俺は出来た人間じゃないんでね。
さて。一服も終えたしもうここに用はない。
「ほんじゃ、行きますか」と久原の手首を掴んで引くと、当然相手は「やめろや」と振り払おうとする。けど離すわけにはいかねーのよ。
「一緒に来てよ。『美咲先生』も待ってるから」
これを言えば効くだろうと踏んでいた。案の定久原は目を丸くして固まる。「なんで美咲のこと……」
「おい。誰か知らんけど勝手にセージ連れてくんは困るわ。こいつ、俺らの弟分やし」
「ぶはっ! 『弟分』ってほんとに言う人初めて見た」
漫画のセリフにしてもなかなか古い漫画だろ。思えば校舎裏でタバコとかもなんか昭和臭い話だ。そもそもこいつらは一体どこで『不良』を学んだんだ? 田舎にしたってそこまで文化が遅れてもいないだろうに。もういろいろ笑えすぎるから黙ってほしい。
「悪いけど久原は俺に譲ってよ。代わりにあげれるもんは……ああ、飴くらいしかねーわ。はは。まあここでタバコやってたことは黙っててやるよ。そん代わりぜってえ証拠とか残すなよ? おまえらみたいなん、ほんとバカで詰めが甘いんだ」「なんやと────」
言い終わるのと同時に不良のひとりが殴りかかってきた。おお、こわいこわい。こうなればさっさと逃げるが勝ちと久原を無理やり連れて走った。
後ろから不良どもが叫ぶ声が轟く。ははん。元気だな。通りすがりにゴリゴリマッチョの高校教師、本田先生が視界に入った。ラッキー。助けてもらおう。
「ああ本田先生、タバコやってる不良生徒! そこの角です! あとよろしくお願いしまーっす」
へ、言わない約束? そんなのしたっけか。そのまま高校の正門を抜けてバス停まで走り続けた。
──ぱちん。
「……っちょ、おいっ!」
未だわけがわからない様子の久原くんはバス停で改めてこちらを見る。僕は息を切らせながら手に持っていた『あるもの』をしまったところだった。
「あのっ、……なんなん!? あんた」
さて。ここで自己紹介といこう。
「はあ、ああ、ごめんね。僕は美音原中学の先生。響木っていいます。美咲先生のこと、助けたいよね? 久原くんに協力してほしいことがあるんだ」
「……は、はあ?」
あーあ。まったく。『タバコ』と聞いた時点でだいたいこうなるだろうとは思っていた。箱ごと奪わなかっただけマシだがそれにしても全身がタバコ臭い。消臭スプレーは家にあっただろうか。柏木商店で買って帰ろう。
えっ、これ誰!?
気になる響木の秘密は第2章で明らかに!
ブクマ、リアクション励みになります。




