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#22 体調不良ではない

 ◇


 最近学校がなんとなく騒がしい。とくに放課後。しかし咲良の心の中も負けないくらいに騒がしかった。


 書き留めないと。

 書き留めないと腐るから。


 終業の挨拶もそこそこに咲良は廊下に飛び出し、そのまま誰とも会話をかわさず走って帰路に就く。


 苦手な運動に脈拍数は上がり体内からは鉄の味がして胸が苦しい。だけどそんなことに構う余裕は今の彼女にはなかった。


 書き留めないと。

 描き出さないと。


 そのまま手洗いうがいもせずに、ひたすらに自室の机にかじりついてペンを走らせ時間を過ごした。



 ◇



「体調不良って聞いてるけど、大丈夫?」

「えっ、あっと、その、元気です」

「え」


 『大丈夫です』ではなく『元気です』と言われてしまうと困る。


 ここは一年生の教室。誰もいない放課後、僕の目の前に着席する咲良さんは色白で小柄、銀縁メガネと小さめな声からも大人しそうな印象を受けた。


「元気……なら、よかった。じゃあその、部活とかに興味は」


 訊ねると無言を返された。まあそうだよな。この環境で僕レベルの相手に言える理由ならとっくに周りの友達に打ち明けているはずだ。


「音楽は苦手、とか?」

「……」


「ほかのことがやりたい?」

「……」


「ええっと……」


 黙秘権は認めるがこれは断じて取り調べではない。


「……漫画、描いてました」

「へ」


 やっと聞けたと思った答えがあまりに予想を超えたもので固まってしまった。


「誰にも言ってないんです。は、恥ずかしいからっ。だから、その、なんと言うか、しゅっ、集中を、したくて、こ、ここ数日、がっ、ガッコ終わったら、すぐ帰って、部屋にこもって、描いてたんです、ずっと」


「へ……へえ」


 突然かなりの早口で喋り出すからどうしたものか困った。咲良さんは喋った勢いでずり下がったメガネをわたわたと元の位置に戻していた。


「それで、今も?」

「い、いえ、昨日、骨組みだけ仕上がって……あ、その、み、見ます?」

「え」


 思わぬ話の流れに戸惑った。


 咲良さんは構わずカバンから一冊のノートを取り出した。僕は渡されたそれの表紙を恐る恐るめくる。すると装飾された大きな文字がいきなり目に飛び込んできた。



『市立美音(みおと)中学校 全校生徒で吹奏楽部!』



 こ……これは。 絶句というか、困惑というか。

『みとはら』ではなく『みおと』とはまた。もう少し変更すべきではと思わなくもない。


「まだ骨組みだけなんです。でも絶対にいい作品になると思いませんか!? それで先生、響木先生に、しゅ、主人公になってもらいたいんですっ! ぜひ、ぜひに」


「えええ……」

 ぶっちゃけ嫌だが嫌とは言えない。


「見て、見てくださいこれ、キャラクター案」


 頬や耳を赤くさせメガネを曇らせるほど興奮した様子の彼女がめくるページには、似ているかは置いておくがかなり上手いキャラクターの絵が描かれていた。


「う、上手いね。えっ、これが僕?」

「ダメ……ですか」

「いや……ダメではないけど」


 いろいろと予想外で対応が鈍った。どうしたらいいんだ。ああいや、そうじゃないんだ、今日の目的は。


「いや……ええと。まず、いいよ描くのは。自由にやってくれて。ただしそこにはやっぱりリアリティが必要でしょ? だから咲良さんも入部をして、この部を内側からしっかり見て取材すればよりリアルに描けると思うんだよね」


「もちろんです!」

「ええっ」

 もちろん、なのか。


「集中していろいろと膨らませられたので、あとは入部するのみ、と思ってたんです! だから、します、入部っ!」


「そ、そうなんだ」


 う、はは。よくわからないが入部してくれるとのことだからひとまずはよかった。いろいろと不安ではあるが。


「またいろいろ取材させてください。それとその、れ、恋愛とか、させてもいいですか!? っひあっ」


 自分で言って自分で照れるな。強烈なこの生徒との接し方がイマイチ掴めずただただ苦笑いを返した。



 そんなわけで、残すは……不良。


 三年生の久原くんのみとなった。この件については実のところ、誰にも言ってないとっておきの秘策があった。


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