#21 やりたくなくはない
「なんのご用ですか?」
「ごめん、押しかけてしまって。その、ナンプやほかの生徒たちから聞いて。ミクさんが……本当は、音楽が好きだって」
僕が言うと中村先生は「はあ?」という顔をした。この人は知らないのか。
「興味ないって言ってたのは……嘘?」
ミクさんはなにも答えずにじっと僕の顔を見つめた。中学三年、ぱっと見は年相応の外見でありながら内面の大人っぽさが話し方や仕草、よく見ると手荒れなんかにも滲み出ている。
「そんなこと……改めて家まで聞きに来たんですか」
「ミクさんの本当の気持ちを確かめたいと思ったんだよ」
僕がそう言うとミクさんは再び黙って地面にその視線を落とした。
「……帰ってください」
苦しそうな声だった。これ以上刺激していいものか。だけどここで引き下がったらたぶんこの生徒はこのまま終わってしまう。
じり、と初夏の強めの日差しが道ばたで立ち止まったままの僕たちに降り注ぐ。車は一台も通らなかったがカラスは二羽ほど頭上を飛んでいった。
「『やりたい』と『できるかどうか』は一緒に考えなくていいんだよ」
引き下がるという選択肢はなかった。そんな事をしたら絶対に後悔する。僕も、そして彼女も。
「音楽、好き? 立場や状況は抜きで、本当はどう?」
強引な気もするが、このくらい呼びかけないとこの生徒の気持ちはきっと動かない。
「部活は休んでもいい。途中で抜けてもいい。サポートするし、必要なら子守りや送迎の手伝い、家事の手伝いだって僕もみんなもやれる。だから僕たちと一緒に、音楽をしてくれませんか。ミクさんの協力が、必要なんだ!」
伝われ。……伝われ!
僕が頭を下げるとナンプがすぐそれに倣う。そして少しばかり遅れて嫌々ながらも中村先生も浅めに頭を下げた。おお。
「事情は……梅吉くんから聞いてます。全校生徒やないとあかん言うんも、聞いてます。けどこの現状、どう考えても無理や。そう思て、もうなんも聞こえんフリしてました。音楽好きなんは、ほんまです。ピアノも、独学やけど少しなら弾けたし、楽器はなんでも興味あります。けど……けど……」
「やりなさい。ミク」
聞こえた声の方を全員で見た。そこは松川家の玄関。日暮れの中で立っていたのは、ホヤホヤの赤ちゃんを抱いたおそらくミクさんのお母さんだった。
「先生方、わざわざ来ていただいたのに気もつかんとお構いせんですみません。ミクの、母です」
挨拶をされて慌てて深々とお辞儀をした。今度は中村先生も深々と。まったくわかりやすい人だ。
「やらせてやってください。その、部活? ミクは……昔っから、なーんでも『私がやる』ち言うてうちのことみーんなやってくれて、私としては助かっとるんですけどね。それでも年頃の娘やし、ちゃんと友達との思い出とか、作らしてあげたいち思うてたんです。……ミク、ねえあんた、ほんまはやりたいんでしょ? あんただけが犠牲なんならんくてええんよ、やりたいこと、遠慮せんとなんでもやり」
言葉を受けてミクさんは、泣いた。その長い指で両方の目を押さえて俯き、押し殺すように高く小さい声を洩らして。
やがて鼻水をぐすんとすすり、そしてふう、と息をついてぽつりと呟いた。
「…………やりたい」
さて。残すは三年生で不良の久原 誠司くん。それから不良は不良でも体調不良だという一年生の戸田 咲良さんのみとなった。
学校にいない久原くんはひとまず後にして、次に面談を予定したのは体調不良という割に学校にはちゃんと出席しているらしい咲良さんだった。




