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#20 担任ではない


 諸用をさっさと片付けていつもよりいくらか早めに校門を出たところで太い指に腕を掴まれた。


「えっ、なんでいんの」

「行くんじゃろ? ミクの家。梅吉から『ヒビノはひとりで動くから張っといた方がええぞ』ちて聞いたからな」


 読まれたか。たしかに僕は松川家に向かおうとして学校を出たわけだった。


「楽器調達、梅吉と行ったんやろ? 俺を置いて」

「ぐ……」

 痛いところを突いてくる。


「……わかったよ。今回だけだからね」


 僕が折れると、傾く西日の中で貫禄生徒は「ひひ」と嬉しそうに白い歯を見せた。


 その時だった。


「行かせませんよ」


 この声は。


「教頭先生……」


「日比野先生、ご自身なにしようとされよるかわかっとられます? 三年の担任は、中村先生です。担任ならまだしも部活への勧誘のために家庭訪問なんされたらさすがに困りますわ。石本 芹奈さんの件がまさにそう。今回はたまたま丸く収まったからよかったものの、いきなり訪問するやなんて非常識極まりない。学校としてこれ以上は黙認できません」


 く……。至極まっとうだ。どうしたものか。


 ミクさんの説得にはお母さんからの後押しが必要だと踏んでいた。けどそれは家庭訪問なしには不可能。となれば策はひとつだ。


「つまり……中村先生も一緒なら、家庭訪問してもいいということでしょうか」


 セコいのは承知している。だがもうこれしか手はない。


「や……そういうことやなくって」

「僕が担任じゃないからダメだと仰いましたよね? 教頭」


「……日比野先生」


 ああ、これで完全にこの人と敵対してしまう。どうなるんだ、僕の教師人生は。


「無茶なのはわかってます。でも……なんとか全校生徒の参加を実現させたいんです。すみません」


 深々と頭を下げると、ナンプも慌ててそれに倣った。


「私は反対しましたからね。もしなんかあっても責任はご自身でとってもらいます」


 ふん、と鼻を鳴らして去ってゆくたぬきオヤジの丸い背中に頭を下げ続けた。


「大丈夫なん? ヒビノ……」


 当然だがナンプに心配されてしまった。


「さあ……わかんない」


 肩を竦めて笑うしかない状況ではあった。



 さて。『その人』のところへは最近問題ばかり起こす後輩教師の僕が行ってもたぶん無理だと思ったのでまたしても卑怯な手を使った。いや、僕は決してそんなセコい人間ではないと主張はしたい。


「えっ、どういうこと?」

「すみません、協力してください。中村先生」

「用があるって……は、騙したな!?」


 正門のことろまで芹奈さんに連れて来られた中村先生は、そこで笑顔で待っていた僕とナンプにそう怒鳴りつけた。


「協力はせん、ち言うたでしょうがあ。響木先生、あんた今の自分の状況わかっとります? 相当ヤバいで、教頭カンカン」

「はは……」


 ここまで関係が悪化してしまってはもう気にしないのが得策だろう。


 不満たらたらな中村先生を引きずるようにしてようやく到着した松川家は、学校から割と近くの小さな一軒家だった。小さな……ここに何人住んでいるんだ?


 玄関の呼び鈴ボタンに手を伸ばしかけたところで横から声を掛けられた。


「えっ!? なにしてるんですか、先生たち」


 ミクさんだった。その両隣ではかわいい園児服を着た小さな女の子の大小二人がそれぞれくりくりした目でこちらを見上げる。


「二人とも、先におうち入ってて」


 しっかり者の姉は妹らしいその子たちにそう伝えてから怪訝な顔をこちらに向けた。


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