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#19 無関心ではない


 ◇


「吹奏楽部……」


「そう。ミク、好きやん音楽」


 うん、そうね。好きやよ。

 好きやけど。

 部活なんてやる余裕がどこにある?


「私はパスかな。ごめんな」


 ミクにはほかにすべきことが山のようにあった。同時に自分を必要として伸びてくる小さな手もたくさんあった。


 だからミクは、蓋をした。『やりたい』なんて面倒くさい気持ちが、誰にも、自分にすらも、決して見えないように。



 ◇



 翌日から芹奈さんは登校を再開し、部活にも顔を見せてくれた。


 よし。残る三年生はあと二人。不良の久原くはら 誠司せいじくんと、『家の用事』という名目でずっと欠席している松川まつかわ 未来みくさんだ。



「今度はなに悩んでるんやー? ヒビノぉ」


 近づいてきたニヤリ顔のキウイ坊主は輝きのないトランペットを大切そうに持っていた。先日やっと『ソ』の音が出るようになったらしいが、まず『ソ』より更に上の『ド』が鳴らないと演奏らしいものは始まらない。


「梅吉、三年生の久原 誠司くんのこと知ってる?」

「ああ、誠司(にい)はオトナやからな」

「オトナ……」


 ガキの代名詞とも言える『不良』が『オトナ』とは。


「小さい頃はよう野球とか一緒にやってたけどな。中学なってからは学校にも来たり来んかったりで、……中村のおっさんと仲悪いらしいよって」


 中村のおっさん、とは言わずもがな中村先生のことだ。


「美咲が担任やった頃は割とちゃんと来てたんやけどな。今はアマ高の不良の先輩と一緒になんやヤバいことやりよるらしい」


「んん……」

 この件は……ちょっと別で作戦を立てよう。


「松川 未来みくさんのことは?」

「ああ、ミクは大家族やから早う帰らんとあかんのよ」

「大家族?」


一男いちなん六女ろくじょ

「え!?」


「ほんまやで。しかも末っ子長男。そこの一番上なんよ、ミクは」


 末っ子長男……。六人も姉がいてその男子はどう育つのか気になる。


「その末っ子がまだ赤ちゃんやから、その世話とか妹たちの幼稚園送迎とか、晩メシの支度とか、いろいろやりよるらしい」


 なるほど。部活なんかに時間を割く余裕はないということか。


 これは個別で一度、面談をしてみるか。




「部活への参加は自由ですよね」

「そうだね。たしかに」

「ならやりません」


 誰もいなくなった三年生の教室で僕の向かいに座るのは、いかにも優等生風情なショートカットの女子生徒だった。それにしてもこうもきっぱりと断られてしまって、さてどうしたものか。


「……まあ、そうはっきり言うのなら無理にとは言えないけど、一応名目上は『全校生徒』でやりたいんだ。だから僕はミクさんの力も借りたい。……っていうのを、頭の片隅にでも置いておいてほしいんだよ」

「興味ないので。失礼します」


 ぺこりと頭を下げてさっさと帰ってしまった。やはりダメか。まあこうなるとは思っていた。


 この件は『向こう側』から攻めなくてはおそらく開かない。だけどそこまでしてもいいものか。本人が「やりたくない」と明言しているというのに。



「また悩んでるんやな。ヒビノ」

「うめ……ナンプ!?」


 現れたのは金色のトロンボーンを持った貫禄生徒のナンプだった。


「梅吉が言いよった。『ヒビノはすぐひとりで抱え込むから要注意』ちて」


 余計なことを。……まあ、相談することはたしかに大事だ。


「今はミクさんの説得を考えてるところだよ」

「ミクか。ミクは音楽好きやし簡単ちゃうん?」


「ええ?」

 まさか。あんなに無関心だったのに。


「まあ妹弟きょうだい多くて大変なんかもしれんけど、本人はやりたいんやろうち思うで?」

「それほんと?」

「はあ、なんで、違うかった?」


 面談でのやりとりを伝えてみた。


「それはなヒビノ……芝居や」

「ええっ」


 なんて面倒くさい……もとい、複雑な心の生徒が多いんだ。


「ミクは耳がええよって小学校の頃なんかよう学校でピアノとか弾いてくれたし、リコーダーとか歌もいちばん上手かったはずやで」


 なるほど……。つまりは押せば響く、かもしれない、というわけだ。



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