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#16 先生でなくはない

 こうして生徒たちが練習を開始した裏で、僕は芹奈さんに会う方法を考えていた。あの日以来できる限り耳をすまして帰っているが例のフルートの音を再び聴けた日はない。それはたぶん部活が本格始動して僕の帰宅時間が少しずつ遅くなっているせいだろう。


 そんなわけで今日はいつもより急いで帰り支度をして足早に校舎を出た。西日がまだいくらか高い。前回彼女の演奏を聴いた時間とおそらくほぼ同じだ。


 ──C……


 聴こえているのか錯覚なのか、わからないまま気がついたら走っていた。


 近づくにつれ音は明瞭になり、明瞭になったところで演奏は終わってしまった。


 また手がかりを失った、わけじゃない。僕は既にしっかりとこの目に捉えていた。田畑の中にある大きな木の陰で、細長い銀色の楽器に夕日をキラリと反射させて立つ、小柄な少女の姿を。


「芹奈さんっ……!」


 日頃の運動不足がたたって足はもつれ、つんのめる形になって僕は格好悪くそこに到着した。


「……こ、こんにちは。上手だね」


 興奮のあまり下手なナンパのようになって恥ずかしい。少女はそんな僕に「ん、名前……?」と小首を傾げる。


 は、そうか。しまった。つい気持ちが早った。


「ああ……えと」

「もしかして、中学校の先生ですか?」


 目を見開いて相手を見た。少女は更に「音楽

の先生だ」と指をさし当ててくる。じとり、と背中に汗が流れた。


 否定できずにいる僕に相手は「……やっぱり、当たりですね」と断定して微笑んだ。


 大人っぽい口調だがなんとなくあどけなさの残るそばかすおさげ。黒髪でこそあるがどこぞの『アン』のような印象の少女だった。


「……なんで、そう思うの?」


 苦し紛れに訊ねてみると「ふふ」と笑った。


「だって美咲先生が辞めたから。新しい先生が来るのは当然でしょ? だからです」


 まあ、そうだな。べつに隠すつもりもなかったし、なんなら話が早くて助かるくらいだ。


「でも担任は中村先生だって聞いてますけど……」


 小首を傾げる相手に「ああうん」と頷いた。


「僕は響木といいます。察しの通り音楽の先生だよ」


 芹奈さんは「やっぱね」と小さく呟いて「それで?」とまた僕を見る。


 僕はひと息ついて背筋を伸ばすと少しだけ距離を置いて彼女の隣に立った。ちょうど西日が眩しい方角だった。


「……学校のこと、嫌い?」

「そういうわけじゃ」


 わかっている。いじめや勉強のことが原因ではないことは。ただ、話のきっかけを作りたかったんだ。


「美咲先生のこと……?」


 芹奈さんは答えなかった。ただ悲しげにその瞳を遠い畑に向ける。青く茂る葉っぱだけではそれらがなんの野菜か移り住んでまだ日が浅い僕にはわからない。


「僕は、二人とも学校に戻ってほしいと思ってる」

「え……?」


 彼女は畑に向けていた顔をこちらに戻した。そしてまた視線を逃がして近くの小石に落ち着ける。


「響木先生は知ってるかわかんないですけど、美咲先生と私は……会っちゃいけないんですよ」


「知ってるよ。けどそれは芹奈さんのお母さんが芹奈さんのためを思って決めたことなんでしょう?」


 僕を教師だと言い当てた少女に、今度は僕がその内を言い当てる。


「否定するつもりはない。けど、それは本当に『芹奈さんのため』になってる?」


 なっていないから、今こうなっている。


「説得したいと思ってる。お母さんを」

「え……」


 芹奈さんが困惑しているのが伝わった。だけど、そうしないとこの生徒は、あの先生は、きっと前には進めない。


「吹奏楽部を創ったんだ。()()()()に、参加してもらいたいと思ってる」


「吹奏楽部……え、全校生徒、ですか?」

「美咲先生にも手伝いを依頼してるんだ」

「えっ……」


「本当は、会いたいんじゃない?」


 言わせたいわけではないが、気づかせたいとは思う。その気持ちにふたをしてほしくはなかった。


「だから……吹いてるんでしょ?」


 僕が問うと、彼女は目線だけでなく身体ごと畑に向けて、やがてその細い肩を震わせて泣いた。夕日のみかん色に照らされながら、静かに、洩れる声を噛み殺すようにして。


「会ってもいいよ。大人たちは、芹奈さんの気持ちをなにより大事にすべきだ」




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