#14 ひとりではない
「梅吉、起きて。楽器運ぶよ」
「え……うわあ、なんでヒビノがおるん?」
「寝ぼけないでよ」
二人で音楽室へと楽器を運び込む。悲しいことに目的地は最上階。三階とはいえ重い楽器を持って何往復もするのは過酷だ。加えて僕は筋肉とは無縁の身体。四月の下旬だというのに二往復目で汗が床へと滴り落ちた。
二人だけで運ぶには危険の伴う大きめの打楽器は下駄箱横の廊下の隅に仮置きしたが、なんとか他の楽器はほぼ全てを運び終えた。
達成感と共に梅吉と廊下に倒れ込む。黒ずんだ天井に向けて「あー」と揃って声を出した。
「……ヒビノぉ」
呼吸を整えながら点いていない蛍光灯を眺めていると、梅吉が呟くように声を出した。
「……なに」
すっかり呼ばれ慣れて随分前から訂正はしなくなっていた。
「これもひとりでやるつもりやったんやろ」
「……まあね」
「無理やろ。そう思わん?」
答えずにいると呆れたように軽くため息をついて続ける。
「みんな、怒るよ?」
「怒るの?」
「怒るさ!」
訊ねるとがばっと起き上がってこちらを見下ろした。
「なんでもひとりでやんなや! ちゃんと仲間として認めろっ! 俺ら二年は教頭にも頭下げとる。たしかにまだ子どもや。頼りないかもしれん。けど、決意したんはほんまや。提案したんはヒビノやけど、やんのは俺らじゃ。だから……もっと、いろいろやらしてほしい!」
はっとした。真剣な瞳から一度目を逸らせて、僕もゆっくりと起き上がって隣にあぐらをかく。
やらせていいものか、迷いがあったのはたしかだ。普通の吹奏楽部へ入部したのならこんな苦労はひとつもないはずだから。
だけど『仲間』……そうだよな。
「……ごめん。……ありがとう」
素直に言って頭を下げると「お、おう」と妙に照れた返答がきて思わず笑ってしまった。
驚いたのは翌月曜日の放課後の部活でのこと。たしかに「なるべく声を掛けてほしい」とは言ったがまさかここまで集まるとは思っていなかった。
「……ほ、ほんとに?」
「ははん。ヒビノ、俺らのこと舐めとったやろ」
得意げに笑うナンプの後ろには、なんとほとんど全校生徒が集まっていた。
「かわいい後輩の頼み、聞くじゃろ普通」
「よろしう頼むで! ヒビノ」
「ヒビキじゃないん?」
「ヒビノやろ、な?」
「『響木』だけどまあいいや、ありがとう。来てくれて」
なんだみんな、頼もしいんだな。今更気がついた。
「けどやっぱ芹奈ちゃんは無理よって……そこだけは難関かもね」
なるほど。やはりその件はそうなんだな。
「石本さんの件は僕に任せてほしい。なんとか説得してみるから」
夕日の中で彼女がフルートを奏でる姿を思い浮かべた。説得……。吹奏楽部の話をして芹奈さんがどんな反応をするかはわからない。そもそも美咲先生が去った新年度から彼女は一度も登校していないらしい。
三年生でいないのは他に二名。松川 未来さんと久原 誠司くん。松川さんは家の用らしく久原くんは……不良らしい。だからどうというわけではないが学校にもほぼ来ていないという。派手な身なりをしてアマ高周辺で高校生の不良と一緒に悪さをしているなんて噂まであるらしいが詳細は不明。いずれにせよ説得が必要ということだ。
一年生は体調不良の戸田 咲良さん以外は全員集合してくれていた。さすが長年の上下関係というか、先輩に協力しなければという気持ちが強めにあるらしい。
人数を確認し終えたところで教室のドアをノックする音がした。