#13 木製ではない
驚愕したのは僕で、梅吉は興奮していた。
「すっ、すげえっ! あ、握手、いいですか!?」
「いやそれはおかしいでしょ」
下心を見抜いてすかさず突っ込んだ。
アマ高の所有楽器はかなり豊富でその提供数も多くとても助かった。聞けばやはり部の歴史はかなりのものらしい。コンクールの成績は特別いいわけではないと言うが。
楽器を並べて「このくらいでしょうか」と言う西野さんに、「すごいや。ありがとう」と頭を下げると、「いえ。私のものではないので」と至極当然のことを言われて恥じた。
巡る学校はここが最後。借りた楽器の数を頭の中で数え、申し訳ないと思いながら少しばかり贅沢を言わせてもらった。
「あの西野さん。もし余りがあるならトランペットが一本でもあると嬉しいんだ」
「あ、はい。トランペットの棚はこちらです」
案内されて棚の前へと移動する。トランペット担当だという彼女は慣れた手つきで端のひとつを取り出した。
「これなんですけど」
言いながらゆっくりとケースを開く。が、中が見える前にその手を止めてこちらを向いた。
「ん?」
訊ねると、申し訳なさそうに微笑んだ。
「かなり……その、古いもので。見た目が」
要は『よくない』ということか。
「いいよ。音さえ鳴れば」
どんなものかとその中身を覗き込んでみると。
「えっ、これって……金属製!?」
声を上げたのは梅吉。いや、金属製じゃないわけないだろ。しかし言いたくなる気持ちもわかる。
その見た目はたしかに金管楽器らしい輝きが一切ないものだった。全体は深みのある褐色。ツヤツヤ、とは程遠く、サラサラ、という表現の方がむしろはまる。早い話がその全てのメッキが剥がれているものだった。金属製でない、木製と言われても疑いようのない見た目。もともとそういったデザインではないことは細部にわずかに残る金メッキが証明している。
「こんな見た目だからみんな嫌がっちゃって……。もとはいい楽器らしいんですけど」
西野さんはそう言いながらベル部分を愛おしそうに撫でた。なにか思い入れでもあるのか。
「西野さんはトランペットパートだよね? このラッパ、ちゃんと鳴るかは知ってる?」
見た目で判断するわけではないがそこが肝心だ。
「鳴ります! とてもよく鳴りますよ!」
予想よりも大きめの返答が来て驚いた。西野さんはそんな僕たちの反応を見ると我に返ったのか恥ずかしそうに縮んだ。
「……すみません。実は少し前までこの楽器は私が吹いていて。だけどマイ楽器を購入したので、その、使わなくなったんです」
なるほどそれで愛着があるのか。
「見た目が悪いせいで誰にも使ってもらえなくて……。私が使い続けられればよかったんですが、マイ楽器購入は親族からの厚意だったので断る理由もなくて」
話し方や使う言葉でこの西野さんの育ちの良さがうかがえた。予想はできたがやはりかなりの『お嬢さん』なんだろう。
ふと梅吉を見ると、その目をまっすぐ西野さん……ではなくトランペットに向けていた。
「ヒビノ、俺トランペットやるわ」
「え」
僕を見上げるその目は決意に満ちていた。
「西野先輩、俺が吹きます。このトランペット」
えっ、それは、下心!?
そんな疑いは一切ない様子で西野さんは「本当!?」と純粋に喜んでいた。
よくわからないが二人が『いい雰囲気』になったらしいのでここは大人としてそのままにしておくことにした。
楽器を無事にトラックに積み込んで、運転席へ向かう前に声をかけた。
「また顧問の松阪先生にも話すつもりだけど、アマ高吹奏楽部にはいろいろと協力をお願いしたいんだ。知っての通りうちは創部したてで『先輩』という存在がない。だから『教える』ことができる人がほぼいないんだ。中学と高校ではいろいろと勝手も違うかもしれないけど、アマ中には吹奏楽部はないし、他のところは遠すぎる。だからここを頼らせてほしいんだ。もちろん迷惑は最小限にするし、無理は言わない」
だからお願いします、と頭を下げた。すると案の定彼女は慌てて「や、そんな私に、やめてください」と恐縮した。
「もちろんできることは協力したいです。松阪先生の考えもあるので、これは私個人の意見ではありますが。だけど……あの、なんで廃部となってまたすぐ創部を……?」
話しぶりから察するにまだ中学合併の話は知らないようだった。まあ疑問に思うのは自然なことだ。この場でこちらから明かすのは少々躊躇われたが所詮は田舎の噂話。知るのも時間の問題だろうということでことの経緯を打ち明けた。
「合併……ですか」
この西野さんも恐らくは天原中学の出身。母校の合併話にかなり衝撃を受けたようだった。
「こんなところで知らせてしまってごめん」
僕が謝ると西野さんは首を横に振った。
「いえ、私こそ……その、父のことでそんなことになってるだなんて、すみません」
思わぬ謝罪にこちらこそ恐縮した。西野さんは絶対に悪くない。というか西野さんのお父さんも全く悪くない。
「いや、ミト中の方が勝手に対抗心を燃やしてるだけだから、気にしないで」
言うとなんだか梅吉からの鋭い視線が痛く刺さった。う、難しいな。
改めて礼を述べてトラックへ乗り込んだ。なんとか楽器はある程度集まった。あとの不足分は昔のつてでなんとかできそうな数だ。
梅吉が例の木製風トランペットをやると決めてくれたので僕の相棒は手元に残せることになった。不可欠というわけではないが自分も楽器があった方が指導はしやすい。
いろいろ考えながら運転をしていて、そういえば静かだな、と助手席を見ると少年はキウイヘアを窓にもたれさせて幸せそうに寝息を立てていた。さすがに疲れたか。まだまだ子どもだな、と笑いつつその存在に癒されている自分に少し驚いた。