#11 一揆ではない
興奮冷めやらぬまま教室に戻る生徒たちの後ろ姿を眺めつつ、僕には彼らと同じように手放しで喜ぶことはできずにいた。
本当にやれるのだろうか。小学生ほどガキではないがまだまだ青さの抜けない年頃。現実が漫画のように上手くはいかないことをどのくらいの生徒が理解しているか。いざそれに直面した時に、どうなるか。熱意を疑うわけではないが信用するのもまだ早い。
「ちなみにこの中で、部活やってるのは?」
教室に戻って僕は改めて全員にそう訊ねた。今回のことで他の部に迷惑をかけるつもりはない。ただ、本気で全国を目指すのなら掛け持ちとはいえそれなりに線を引いてこちらに時間を割いてもらわなければ個人の技量は上がらずバンドの団結も弱まる。
「ヒビノ、ミト中の部活なんどれも遊びや。人数足りてなくて小中混ぜこぜやから大会にも出られんし、功績なん一個もない。文化部もただの趣味の集まりや」
貫禄生徒のナンプが言う。
「やからみんな協力できる! 信じてくれ!」
信じて。
まさか生徒からそんなことを言われるとは思っていなかった。
「俺ら、やりたいんや、ヒビノ。けどなにをどうしたらええんかわからん。ヒビノだけが頼りなんや」
梅吉がこちらを指す。そうか、そうだよな。湧いたこの熱意を、燃やすも冷ますも僕次第なんだ。
「……わかった。じゃあこの場でちゃんとしよう。今日、ここに『美音原中学吹奏楽部』を、創部しよう!」
「うおおおおお!」
なぜか百姓一揆の図が浮かんでしまうのは窓の外がのどかすぎるせいか。
ともあれ僕はまず黒板にその計画を書き出した。
①創部
②・全校生徒入部
・楽器調達
③担当楽器決め
④練習開始
「次は『全校生徒の入部』と『楽器調達』。楽器調達は他校に出向いたりいろいろ大変だから僕がやる。だからみんなには他の生徒の勧誘及び説得を手伝ってほしいんだ」
聞く17人の顔はどれも真剣だった。
「上も下も、知ったやつらばっかじゃ。ヒビノ、これいけるで」
心強い言葉に緊張も緩む。そうだよな、廃校の話が行き渡っているのかは不明だが二年生のこの反応からしても賛同してくれる生徒はきっと多いはずだ。
ただ、『全員』となるとそれはわからない。もし難しいならばそこは僕が個別で面談をして説得をするしかないとは初めから思っていた。
「親しい人から、どんどん声を掛けてほしい。入部してくれることになったら毎日放課後この教室に集まることを伝えて。楽器はなるべく早く集める。はじめはミーティングしかできないけど、それでも一応毎日集まりたいんだ」
「部長やりたい!」
話聞いてた? というタイミングで手を挙げるのはいつも梅吉だ。
「それはまだ追い追いでいいんだけど」
「やりたい! あかん?」
僕ではなくみんなに訊くのはいいがずるい。
「ナンプ……どう?」
彼はこの件に関していちばん熱かったので一応確認してみた。
「ええよ梅吉なら。なら俺は副部長やらしてや」
にっと笑う貫禄生徒。商談成立か。
今日はそんなわけで解散とした。いきなり始まった初日にしては今後の予定も伝えられたし部長副部長まで決まって好スタートと言える、と思う。
「で、いつ行くん。楽器調達」
「ええっ?」
解散して廊下を歩いていると梅吉に肩を叩かれた。
「……連れてかないよ?」
「なんで、部長やのに」
「特別じゃないからね、部長って」
僕の言葉を受けてキウイ頭の少年は不服そうに口を尖らせた。
「ひとりで行けるん、ヒビノ」
「行けるよ」
中二に言われたくはない。
「吹奏楽部に行くわけやろ? 他校の」
「……もちろん」
「見てみたい。知らんから、俺」
まあ、たしかにそうか。全くの未知の世界、興味が湧くのは当然だし『見て学ぶ』のはいいこととも言える。
でもだからと言って。
「梅吉だけ連れて行くわけにはいかないよ」
そうなれば行きたいのは梅吉だけではないはずだ。頑なな僕を前に「はあ、わかったわ」と横目で睨みながら「じゃーな」と乱暴に挨拶をして去っていった。