祭の後の後の祭り
軽快な祭囃子が耳を撫で通り過ぎていく。
まるで風のように一瞬で過ぎ去ってしまうその情緒は一体どこに向かうのだろう。
視線を前に向けるとそこに見えるのは、とても整った顔立ちを持つ一人の女性だった。
ぱっちりと開かれた目と、その周りのくっきりとした睫毛。
スッと通った鼻だちと、プックリと愛らしい唇。
透き通るような白い肌はまるで陶器のように滑らかで触れたら壊れてしまいそうだった。
「お、お待たせして、すみません。」
走ってきたせいで上がった呼吸で途切れ途切れになりながらも謝罪を述べる。
「気にしないでくれ、私も今来たところだからな。」
先輩は肩までかかる濡れ羽のような黒髪を振りながら笑顔を向けてくれる。
「それじゃあ、いきましょうか。」
そうつげると先輩は悪戯っぽい笑みを浮かべながら口を開いた。
「おや、まだ君の口から聞けてない言葉があると思うのだけれど?」
その微笑みに心を奪われていたのも束の間、必死に頭を回転させ求められている言葉を探す。
「えっと、あの、えーっと…」
正解を導き出せず困っていると、先輩は助け舟を出してくれた。
「今日の服装、頑張って準備してきたのだが似合ってないだろうか?」
「そ、そんなことないです。めちゃくちゃ似合ってます。」
そういいながら先輩の浴衣姿に目を映す。
先輩のイメージに相応しい黒を基調とした中の赤い花がその艶やかさを際立たせていた。
そんな視線に気がついたのか、先輩は少しはにかみながら
「そんなに見つめられると穴が空いてしまいそうだな。
君の今日の服装も、いつもより似合っていて素敵だぞ。」
心臓の鼓動の音が先輩に聞こえてしまうのではないかと心配になるくらい高鳴っていた。
さあ行こうかと、差し出された手におずおずと自らの手を重ねる。
こちらに向かってふふっと笑うその姿から目が離せなくなっていた。
それからあても無く二人で出店をふらふらと巡っていると、ガラの悪い二人の男性が絡んできた。
初めは全く相手にしていなかったが、それでもしつこく粘ってくる彼らに対して先輩がかっこよく対処してくれた。
そんな光景をただ横で眺めることしかできなかったことを悔やみながら謝罪すると、
「気にしなくていいよ、私だってたまには可愛い後輩を守る騎士になってみたかったからね。」
なんでカッコいい言葉をもらってしまった。
「そんな魅力的な人だから悪い人も寄ってくるんですからね」と、少しいじけながらつげると
「君はもう少し自分について見つめ直した方がいいかもしれないな」といわれてしまった。
そんなふうに言われ、自分がそこまで頼りないのかと少し落ち込んでしまった。
「気分を変えるためにもあそこに行ってみないか?」
そう言った先輩が指していた方角には、かき氷屋さんがあった。
先輩は慣れた様子で店主に注文をしながら好きな味を聞いてきた。
「ブルーハワイでお願いします。」
そう答えながらも先輩のスマートさと自分を比べていじけるような気持ちが顔を出し始めていた。
店主とやりとりを終えた先輩がこちらに向かってブルーハワイのかき氷を差し出す。
「あの、お代…」そう言いかけた時先輩が声を重ねてきた。
「こういう時くらい可愛らしい後輩に奢らせてくれないかい?」
先輩に肩を叩かれそちらを振り返ると、先輩が下を出した状態でこちらを見つめていた。
「どうだ、黄色になっているか?」
マンゴー味のかき氷を食べていた先輩は無邪気な一面を覗かせながら微笑んでいた。
魅力の溢れる先輩のことをきっと忘れないんだろうと心のどこかが感じ取っていた。
いつしか花火が始まり、人々の視線が空に釘付けになっていた。
きっと今しかないと思い、意を決して先輩に自分の好意を伝えた。
告白の最中先輩は何も言わずにただ私の言葉を聞いてくれていた。
言葉に詰まりながらも想いを伝えていると、いつの間にか花火は終わりを迎えてしまっていた。
怖くてあげることができなかった顔をゆっくりとあげる。
視線の先の先輩はどこか辛そうな表情を浮かべていて、背中に嫌な汗が伝うのがわかってしまった。
「すまない。私も君のことは憎からず思っているのは事実だが、それでも私には君との未来を想像できない。」
あたりのスピーカーから流れる祭囃子の音が遠くなっているような錯覚に陥った。
夏祭りは名残惜しそうにしながらも終幕の気配を醸し出していた。
そんな中でいつまで経っても私は先輩と同じ自分の性別を恨むことしか出来ないのだった。