魔術
「魔術とは?それはどう言った意図なのでしょう」
「あぁ魔術という存在自体あまり知らなかったので…ちょっと聞きたいなと」
「そうですか、なかなか難しいことを聞きますね。少し考えさせてください」
バーツはそう言うと、天井を見上げながらぶつぶつと呟いて考え始めた。そして考えが纏まっただろう後、こう言った。
「特異な現象を起こす術、ひいては願いを叶える秘術それが魔術です」
「…魔術が特異な現象を起こすのは分かるんですけど、願いを叶えるとは?」
「魔術っていうのは本質としては願いを叶える術なんです。願いに反応した結果が現象となるのです。しかしただ願うだけでは魔術は行使できません。魔術を使うには理解や経験、呪文等も必要になります」
どうやらバーツによると願いを叶えるものというのが魔術であるようだ。その説明を聞いてコウの頭に浮かんだのは村への道で獣と出会った時のこと。
あの時出た光線は魔術なのだろうか。願ったかどうかは分からなかったが確かに彼は生きたい、死にたくないと思った。
「…俺にも使えますかね?」
「ええ使えると思いますよ。ただ何のために?」
「単なる興味です。あと当面ここで生活する事になるので日銭を稼ぐ術があればな、と」
「なるほどなるほど勤勉なことです。私少しお手洗いに行ってきますね」
バーツはそう言って席を立った。その少し後にマフェが口を開く。
「コウは魔術に興味あるんだね?」
「そうだな、色々便利そうだしさっきも言った通り金を稼がなきゃいけない」
「そ。なら……冒険者とか興味ない?」
「冒険者…ねぇ」
この世界には冒険者という職業もあるらしい。いよいよファンタジーになってきた。冒険者と言えば魔物と戦ったりするのだろう。漫画のように爆発や
斬撃で派手な戦いをするのだろう。
コウも男の子なのだ。しかも少しだけ、いや大いにそんなことをしてみたい時期である。
自分がそんな風に戦っている様を想像すると思わず口角が釣り上がる。
「コウ?」
「お、おうすまんぼーっとしてた」
「で、どう?うちのパーティは今人手が無くてさ、戦わなくていいから入ってくれない?」
「ははっ荷物持ちなんざママの腹にいる頃からやってんだ。まかせろ」
「ふふっありがとう」
微笑と共に心なしかマフェの表情が柔らかくなった。
「じゃあこのあと冒険者ギルドに一緒に行ける?」
「あぁ」
「なるほど。スカウトの為にマフェさんはここに来ていたんですか」
そう隣から聞こえたかと思うと、いつのまにかバーツが席に戻っていた。今の話をきいていたのだろう。彼は水を一口飲むとやたら神妙な様子で話し始める。
「冒険者は危険ですが……それでもやりますか?コウさん」
「ま、まぁ職の当てもありませんし。あと俺結構しぶといんで。頭が取れても1ヶ月は生きてやりますよ」
「そうですか……なら良いのでしょう」
と彼は目を瞑ってしみじみと言った。その顔は何か事情ありげな表情だった。
「さてさて喋っているとお腹が減りました。色々食べていきましょう」
そうして二人は暖かい飯にありついた。
***
食事をした後、今得られる情報は十分だとコウは言い、彼等は酒場を後にした。外に出るとマフェが彼を待っていてバーツもギルドの人に挨拶をしたいとのことで、三人でギルドに向かう事となった。
「んーご立派」
彼女の案内でついた場所は大きな大理石造の建物の前だった。他とは一線を画す雰囲気は力ある組織であることを象徴しているようただ。
中に入ると清潔感ある床が彼らを出迎えた。受付らしき所には整った服を着た壮年の男が座っていた。
「冒険者ギルドへようこそ……おぉバーツ様ですか。ギルドへ来られるのは幾年ぶりですかね。お変わりありませんか?」
男は無機質な笑顔で対応した。少し不気味な感じだ。
「いやいやどうも、私はなんともないですよ。それよりこちらの方々を」
「はい。ご用件はなんでしょう」
「この人の冒険者登録をおねがいします」
彼女はコウを指差す。
「わかりました。では手続きについて説明させていただきます」
それから眠くなる程長々しい説明が続いた。次に色々な書類に記入することとなったが、簡単な物ばかりで円滑に事が運んで行く。
そしてその書類の中に自らの職業について、というものがあった。ジョブは自分の履歴に乗る重要なものであるらしい。
センシ、サキモリ、キュウヘイ、マジュツシ、カイフクマジュツシetc...色々なジョブがあるという。
と言っても彼が取れるジョブなんて補助のみ。ヘルプ、なんて名付けられているが実質雑用係だ。
「では登録が完了いたしました。これからのご健闘をお祈りいたします」
だいぶ時間が経った後、やっと冒険者登録が済む。受付で渡された渡された金属製のタグには
カズヒラ コウ
の名前が刻まれていた。彼はじっくりとそのタグを見つめる。自分だけのタグというのはやはりテンションが上がるのだろう。
因みにこのタグはギルドの様々な機能を用いるのに必要という。再発行にも時間が掛かるのでこれは貴重品である。
こんなの身分不明の輩にも渡せるような物なのか、とも思ったが、とりあえずこれにて彼も冒険者になったのだ。
————ゴーンゴーンゴーン
その時、突如町中に鐘の音がけたたましく鳴り始めた。ゴタゴタ音を鳴らしながら受付の男がその鉄仮面を脱ぎ焦りの表情を見せて言う。
「南門にクロロゴブリンの大群が!?緊急事態ですよ!」
「クロロゴブリン…この街にいる戦力は?」
「警備隊が総勢百二十弱、冒険者が十人です」
それを聞いたバーツは少し黙ると、その白髭を撫で付けながら言った。
「これは………この老体に鞭を打つしかありませんね。私も出ます」