邂逅
……カチャカチャ……カチャカチャ
暗い視界とおぼつかない意識の中で金属音が聞こえる。それは食器を弄る音とよく似ていた。軽くて連続していて……
「……」
いい目覚めだ。起きる事になんの抵抗もない。眠気も疲れも全て感じない。
陽気な日差しが窓から半身に降り注いでいる。そしてその半身には薄い毛布がかけられている。
体の下の柔らかな感触は彼がベッドの上にいる事を証明していた。
「……服が変わってる…んしょ」
調子の良い身体を起こして辺りを見回してみると、そこは木造の簡素な部屋であった。それも西洋風で古風な部屋だ。よくファンタジーで見かける。
小さな窓が二つ、扉が一つ、棚一つ、そんな部屋には用事なんてないだろうということで、扉を開くと狭くて短い廊下があった。カチャカチャという音は廊下の先に続いているようだ。
彼はあまり注意もせず音を辿った。すると食卓がある広いリビングに出る。
そこには背の低い【人】が居た。その者は流し台の前に立っていて、こちらに気付いていない。
「あ…あの」
そう控え目に呼んでみると、その者はゆっくりと振り返った。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「…は、はい」
おじさんだ。その者はサンタのように白くてふわりとした髭を携えた優しい人相のおじさんだった。声もゆったりとして寛容さ?というものを感じる。これらにコウも少し気が楽になった。
「ほらお座り。積もる話もあるでしょうがその前にご飯を食べていきなさい」
「あぁ…ありがたい」
使い古された椅子に座るとミシシと音が鳴った。老人は鍋を火にかけて何かを作り始める。
「えーと僕…の名前は数平公です…それでご老人、お名前は?」
「ミラー・バーツです。ミラ、バーツ、お好きな方でどうぞ」
「じゃあバーツさん、一体僕はどうなってたんですか?それにここは一体…」
「…あぁ」
少しの沈黙の後、まな板の上で魚を捌きながらバーツは喋る。
「ここは私の家です。コウさんは村の中で倒れてたんです。それを私が拾いました。ところで元々の服はボロボロだったんですが察するに魔術師なのでは?」
魔術師、その単語がコウの頭でぐるぐると回り始める。魔術師?マジシャン?そんな風にその正体について考察が行われる。
だが一つ確かなのは彼はマジシャンでも魔術師でもでもない。
「いえ、全然違います」
「ほぉ?ではどこで手に入れたんですか?」
「(手に入れた?えなんでそれを)…あー」
瞬間額に冷や汗が浮き出てきた。目を横に逸らして、言葉を考える。
もし死体を剥いだなんて知られたらまずい事になるのは必至。けれど口ぶりからして、何かしら知っているような気がしてならない。
「たまたま貰ったんですよ知り合いから」
「魔術服の個人間での受け渡しは国全体で禁止されているのですが」
「(しらねーよ。そんなの)いや、特別に許しがでたんで折角だからとソイツがいうもんですから」
「ははっそういう事にしときましょう。けれどねコウさん、アナタがあの服を着ても何の利点も有りませんよ」
「…そんなの承知です。けど着たかったんですよ。そういうのありますよね?」
その言葉を聞いた途端バーツの背中が震え始める。それから何かがおかしかったのか大きな声で笑い始めた。こっちは必死だってのに、と彼は思うのであった。
鍋の水が完全に沸騰した頃、バーツは一通り笑い終ると顔だけ彼に向けて喋り出す。
「初めて聞きましたよ!魔術服を着たいから着たなんて。いやー最高です。いいでしょうそれで」
といかにも機嫌良さそうに料理を続けた。それから自分のこれまでの話に嘘を混ぜながら話していく。取り敢えず大事な事である、遭難中ということだけ伝われば良かった。
そして次第に食欲誘う匂いが空間一杯に広がる。また、会話が進むごとにバーツとコウの認識が何かしらズレているという事も分かり始めた。
彼は訛りのない日本語を喋るバーツを当然日本人だと思っていた。
ただこの集落の名前をツァリ村と言ったり、日本という国を知らなかったり、ここはガーノン王国であると言っていたり、とにかく変だった。それによく見ると顔立ちも日本人っぽくない。
それからまた聞いていくと、スマホ、電車、自動車、電話、etc…色々なことを知らなかった。ただ魔術やら魔物やらのオカルトじみたことを話した。
故にここが何処なのか見当もつかない……………訳ではない。まだ証拠が十分なわけではないが、彼は頭の隅にある可能性を引き出した。
「(...転生?)」
まぁ馬鹿げた話だし、非現実的な話だ。知識に関する疑問はそれでおおまかな解決にはなるかもしれない。しかし転生したところで言語が翻訳されるのは実際仮想の中だけだろう。
——コトン
目の前にスープとパンと食器が置かれる。バーツも彼の前に座り、食事を摂り始めた。それを見てやっとコウもモノを食べる気になったのだった。
ありがとうございます