指輪
乳母が大切にハンカチに包み持って来ていた指輪がございました。
⦅まぁ……私としたことが……
ピエール様にお渡ししたくて森に入ったというのに……。
何としたことでしょう。
早くお渡しせねば……。⦆
部屋に残ったレベッカに乳母は伝えたのでございます。
「レベッカさん、私、ピエール様にお渡ししたい物がございます。
もう一度、お会いできないでしょうか?」
「分かったわ。聞いてくるね。待ってて!」
レベッカは急いで部屋を出て父親の元に行ったのでございましょう。
レベッカと共にピエールも来てくれたのです。
「お待たせ~。どうぞ、ごゆっくり!」
「ありがとうございます。レベッカさん。」
「どうしたの? ばあや。」
「ピエール様、どうしてもお渡しせねばならないので持って参りました。」
「何を?」
「これでございます。」
乳母が差し出したのは、綺麗なハンカチでございました。
「ハンカチ? 違うね。包まれている物だね。」
「はい。」
「これは? 指輪……誰の指輪なんだい?」
「ピエール様、この指輪は亡き奥様から私が預かった指輪でございます。」
「母上の!」
「はい。左様でございます。
奥様は亡くなる前にこの指輪を私に託されました。
この指輪は奥様のおばあ様から……奥様がジョルジュ家嫁いで来られる時に譲ら
れた物と伺っております。
いつか……いつの日にか、ピエール様が奥様を迎えられた時にその方にピエール
様からお渡しして欲しいと願っておられました。
そして、この指輪を渡す日には『幸せに!』と伝えて欲しいと……。
奥様はピエール様のお幸せを心から願っておられました。」
「そうか……母上のことを私は覚えていないんだ。」
「はい。奥様が亡くなられたのはピエール様がお生まれになってから半年の後でご
ざいましたから……覚えていらっしゃらないのは当然のことでございます。」
「母上……ピエールは幸せでございます。この指輪、大切に致します。
ばあや……家はどうなった? 聞きたかったのだが、時間が無かった。」
「ピエール様のご葬儀を執り行われました。」
「そうだろうね。」
「旦那様も奥様も……お辛い日々を過ごされておりました。」
「そうか……親不孝者だな。私は……。」
「嫡男としてアラン様は懸命に努めていらっしゃいます。
……アラン様はご婚約なさいました。」
「そうか……。
……私の婚約者だったクリスチーヌ嬢は如何されたのだ?」
「アラン様のご婚約者に決まりました。」
「そうか! アランの気持ちは叶えられたのだな!」
「はい。」
「そうか! 良かった!」
「姉上と妹は?」
「それぞれのご婚約者様とご婚儀を終えられました。」
「そうか! 良かった!
父上と母上は……御体調を崩されているのか?」
「奥様は長く床に就いておられます。」
「母上が……! 母上……何も出来ぬピエールをお許しください。」
「旦那様は悲しみに沈んでばかりおられるわけには参りません。
お仕事に励んでおられます。
その時だけはピエール様のことを考えないように…と……。」
「父上……。」
「ピエール様はここに残られるとお決めになったのでございますね。」
「そうだよ。もう戻らないと決めたのだ。」
「私もここで暮らしとうございます。」
「ばあやも……。」
「そうか! 嬉しいぞ!」
「ピエール様、苦しゅうございます。
そのように強く抱きしめられましたら……。」
「済まぬ。大丈夫か?」
「はい。」
「そうだ! ばあやに会って貰いたい人が居る。」
「まぁ、何方でございましょう。」
「……あの…な。」
「はい。」
「妻に迎えたいと思っているのだ。」
「まぁ!」
「エルザという女性で……。」
「はい。」
「傷だらけで生死の境を彷徨っていた私を看病してくれた。」
「まぁ! それは、それは……ようございました。」
「ありがとう。妻にと心から願える女性と巡り会えた。」
「はい。」
「その……エルザが妻になってくれると言ってくれたら……
この指輪を渡したい!」
「はい! その日を心待ちにしております。」
「勇気が出たよ。この指輪と……ばあやのお陰で……。」
「勿体のうございます。」
「今から求婚してくる。」
「吉報をお待ち申し上げております。」
「行って来るね。」
「行ってらっしゃいませ。」
ピエールが部屋を出て行ってから、レベッカが乳母に「大丈夫よ。エルザもピエールが大好きだから!」と言いウィンクをしたのでございます。




