女帝崩御
ハンス・アクセル・フォン・フェルセン伯爵様とのお別れはアントワネット様にとって、初めての恋の痛みでございました。
その日の夜は眠れぬ夜だったように察せられました。
泣き明かされたのでございましょう。
瞼が腫れておられて、涙で頬を濡らす一夜だったと分かりました。
かつて開かれることが多かった舞踏会でございましたが、国王ルイ16世陛下が半減されたのでございます。
その舞踏会には公務として国王陛下並びに王后陛下は御臨席なさっておられました。
アントワネット様は笑顔でおられましたが、お心は遠くアメリカへに……。
その御姿を国王陛下は寂し気な眼差しでご覧になっておられたのでございます。
何日も隠し通路の扉は動きませんでした。
国王陛下はアントワネット様の御部屋を訪れられなくなったのでございます。
お二人は御公務の際も御変わりなく過ごされております。
プチ・トリアノン宮殿でも以前と変わらず過ごされております。
ただ、あの隠し通路をお使いになることだけが無くなったのでございます。
そして、そのまま時は流れていきました。
そんな頃……オーストリアからご一報が届けられました。
メルシ―伯爵によって……
国王陛下に届けられたのでございます。
「王后に、この手紙を渡せ。」
「承知いたしました。」
国王陛下から王后陛下へと届けられた手紙には、オーストリアの女大公マリア・テレジア陛下の御崩御が綴られていたのでございます。
「お母様……お母様が……。」
「如何なさいました?」
アントワネット様から手紙を受け取った私は言葉を失いました。
「御崩御……。」
アントワネット様は、愛するお母上を亡くされたのでございます。
ただ、泣いておられました。
涙は枯れることが無いように思われるほどでございました。
ゆっくり涙声でお話をなさいました。
「お父様がお亡くなりになってから……
豪華な衣装や装飾品をすべて女官たちに与えておしまいになったわ。
それからは喪服だけをお召になったの。」
「そうでございますね。」
「お父様に愛されて、お父様を愛して……。」
「……アントワネット様……。」
「何ですか?」
「フランツ様は時折……浮名を流しておられたのでございますよ。」
「えっ?」
「アントワネット様は10歳でお父上・フランツ様と永のお別れをなさいました。
大変幼かったアントワネット様は御存知なくとも……。」
「お母様は……如何なさったのですか?」
「ただ見ておられました。」
「ただ見て……。」
「何も仰せにはなられませんでした。
女大公として御多忙のマリア・テレジア様でいらっしゃいます。
フランツ様のなされること全てを把握なさり、その上で容認なさっておいででご
ざいました。」
「……誠ですか?」
「はい。」
「……そうですか……。」
「お辛かったことと存じます。」
「……そうですね。」
その時でございました。
長らく開かなかった隠し通路の扉が動いたのでございます。




