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第7話 ハーブティ研究家、ティーを飲む極上のひととき

「うっ・・・」

「探偵さん?苦しいの?」

 マネージャーが連行されてから、探偵はがくっと膝をついた。

 胸を押さえて、背中が震えて、呼吸が苦しそう。

「薬が切れた。発作だ。例の発作。襲って来やがった。苦しい、怖い。痛い。頭が痛い。周りがぐるぐるする。耳が聞こえない。胸が潰れそう。何かが、頭の中にいる。支配しないでくれ。こんなことは止めてくれ。逃げたい。息が出来ない。こんなところから早くおさらばしたい。外へ連れ出してくれ。早く逃げたい。早く、ここから出たい。早くここから連れて逃げてくれ」

「分かった。外へ出してあげる」

 私は探偵の腕を取って引きずるように外へ出た。

 明るい日の下、緑の芝生の香り、チュンチュンと鳴くスズメ、そよそよと吹く風に吹かれ、ふわっと爽やかな空気がよぎったとき、探偵はすうっと初めて楽に呼吸が出来たように息を吸った。その後、巨木が倒れるようにどうっと地面に倒れた。

「探偵さん?苦しいの?」

 はあはあと大きく息をしている。背中ががたがたと揺れて、大きく波打って、引きずるような喘鳴が聞こえ、それはやがて、だんだんと収束していった。

「大丈夫?」

 私は何度も背中をさすってあげた。探偵はこくんとうなづく。

「今日、私が言ったことは、あなたはいつか分かったはず」

 慰めでもないけど、どう声をかけていいのか、私は迷い、思いついたことを言っていた。

「そうだろう。それは。僕は優秀な探偵だ。君が言ったことぐらい、僕はそのうち見抜いたさ。それでも、君がいたから、早く結論が出せた。ロープといい、梯子と言い、君は良い助っ人になる。。うまくショートカットするってのは、ずるいけど、僕はそっちのほうがいい。犯罪確定は、なるべく早いほうがいいから」

 探偵はいつしか落ち着いて、ごろっと仰向けになって、芝生の上で大の字に寝そべった。

「君、僕の助手にならないか?良い相棒になれると思うんだ」

「でも・・・」

「もちろん、毎日僕といたら、日々、君を抱くよ。僕との愛欲生活とセットで考えてね」

「そうよね、そう言うと思ったから嫌だったの。誰がセットにするかー」

 そこへ、ビルからタカシが、モデルの私を探して出て来た。


「芽衣、芽衣?」

「あのー、芽衣さんはもうここにいません」

「なんだ?君は?芽衣はどこか行ったの?」

「芽衣さんのメイドです。友達と話があるからって、後のことは私に任せたって、お茶飲みに行きました」

「ったく」

 タカシは私を見るのも嫌そうに目を反らし、あたりを見回す。タカシとって、女子は綺麗でファッション高く、高級品を身に着けてなければならない存在だ。嫌な男だ。

「今日は君がいたから、完全勝利した。ありがと」

 探偵は私に手を差し出す。甘えて、私に立たせてもらいたい。という手だ。ごろんと寝っ転がって、今か今かと私に手を引かれて、立ち上がる時を待っている。

 タカシに比べて、探偵は真の私を見ても、嫌な顔一つしない。

「君、僕にキスしてくれないか?」

「え?キス?」

「そう。キス、キスしよう」

「ど、どうして・・・?」

「キスしたら、具合の悪いのも治ると思うんだ」

「そう言うと思った。もう治ってるでしょうがーっ」

 と、相手が唇をちゅうの口に突き出したので、私は手を引っ込めて、相手を放り投げた。



 

 こちとら、ハーブ研究家。たとえ貧しくとも、禁断の探偵との愛欲まみれで、愛の慰みを得ようだなんて思わない。ハーブ研究家として、やることはある。立派に生きて見せるわ。

 香り豊かなハーブティー。

 ほわほわの湯気が立つ、緑の液体。

 これが私の至上命題だ。

 私は身を落としたのでもなく、タカシに憐みを受ける女子でもないわ。探偵が着飾った私ではない本当の私を好いてくれるなんて感動しない。土を耕し、ジャージで生きても、私は自分が立派な人間だと思っているし、憐みなど必要と感じない。私には自信がある。

「この事件が、とある館の愛憎のすえに、起こったというのですか?」

 探偵もまたやってる。私の正体は結局言えなかった。でも、いつでも言うことが出来る。隣と隣の距離だ。でも言ったら、怒らせないか心配だし、それに・・・

「え?石が飛ぶのですか?石が?石ですよ?」

「佐伯旧侯爵邸で起こった怪奇事件は、この石の飛来によるものの可能性が高い。石というのは自分では動かないが、石よりも重い力がかかった場合、当然力学の法則で力の上回る方向へと飛ぶ。ここに一つの仮説を立てよう。まず、ボイラーのような火力がある加熱器の上に、泥や岩で覆い、中に水を入れておく。そうすると、だんだんと水蒸気が出来、中の圧力が高まる。そうして、これも中の圧力が高い場合、外の覆いが」

 ズガダガン。

 私の家の角が吹っ飛んだ。


「こらー、隣の探偵さん、人の家、壊すなー」

「探偵くん」

「は?」

「探偵くん。さんではなく、くんと呼びたまえ」

「なんで?」

「僕はまだ若い」

 チチチチ・・・秒針の音が聞こえた。私の怒りの爆弾が爆発する音だ。

「こらー、人ん家ぶっ壊しておいて、わけわからんこと言うなー。弁償しろー」


 それに・・・

 この楽しい癒しのひと時は、止められない。

 それには隣の私は、綺麗なモデルの女性と思っていてもらわねばならない。

 綺麗なモデルの私が、あの冴えないメガネ女子と知ったら、奴は喜び勇んで家に来る。

 どうやら私の家に頻繁に来ないのは、密室恐怖症からだ。だったら、天井をもっと低くしたり、家の壁に衝立でも置いて狭めようかしら?。

 私が三つ編みの農業女子と知ったら驚くかしら?

 でもその時、もうここで、探偵の推理を聞いて、極上のハーブティー時間を過ごすのはできない。ハーブティーを飲みながら、隣の探偵くんの推理を聞くのが、私のこの世で最高の極上のひとときなのだ。

  


 だから、まだ少し、このままで。



(了)

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