第6話 隣の探偵の推理
「分厚い紙ですので、横から見ると見えますが、撮影セットや小道具が置いてあり、このロール紙の裏側までは誰も見ません。撮影時は強い照明をいろいろな色を変えて使うので、微粒子で反射もして、ロール紙の色の違いなど分からなくなります。その日に、何人も何度も何百枚と撮影するので、撮影背景の違いなど、いちいち気づく人もいません。ですので、誰も死体があるとか、隠されていたとかを気づくのは、困難だったと思います」
「なるほど、それで、何もないと思ったスタッフにより、このあたりの血痕が踏み乱されたんだな。あたりに少々血痕が飛び散っていたのだが、何も思ってないスタッフにより攪乱された。それでルミノール反応はあちこちの部屋や、トイレや複数人から出ており、これも犯人特定を混乱させている要素なんだ。これは混乱を狙ってでしょうか」
警部が探偵に質問した。
「それはもちろん、攪乱すればするほど、良いと踏んだだろう」
探偵はしばらく考え込む。
「こういうことをするとカメラマンが真っ先に疑われそうだが、こういうわざわざ己の得意技につながるようなものを使って、カメラマンが殺害するとは思えないから、カメラマン以外の誰か、だ」
警部がメモを取る手を止め、私も探偵を見つめる。
探偵はしばらく考えてから、言った。
「では、このスタジオの中にいた誰か?ということになる。聞き取りでは、撮影現場では、撮影時は、被写体を中心に写真撮影をしており、誰もが互いに、撮影の仕事をしていたのを確認している。撮影中だから互いに動いており、あやふやだったとしても、一応、お互いを見ているんだ。としたら、ここにいた犯人は、いったい何者だろう?撮影をしているところは、被写体に光を当て、周りは相当に暗くなる。人の目は明るい場所から暗い場所へ行くと、急には見えないが、暗反応によって徐々に見えていく。とはいえ、一種、夜でも見えない鳥のような、この場にいた全員が、そういう状況になっていただろう。そこでこの撮影スタジオは広い。機材が相当置かれている。この誰もが盲目になる暗がりに犯人が潜んでいたのだとしたら、犯人はこの闇を良く知る人物だ。そして、被害者がセットに一人になるような時を見計らい、赤いロール紙の上で刺殺する。その後、倒れた綾乃さんを上のロール紙で隠し、また撮影を続ける。血痕があたりについており、大勢が触れる。それも犯人は紛れるために、わざとそうして、それを見ている。その後、誰もいなくなったところを見計らって、死体を隠したロール紙を巻き上げる。衆人監視の中でうまく時間差のアリバイも作り、証拠も攪乱も成功した。こうしたことが出来るのは、今日来た僕らのような新参者では無理だ。大勢がスタジオから去る一瞬を使い、見えない死角を使い、またこのロール紙が隠蔽しやすいものと良く知り、のうのうと逃げられる。これは、スタジオのことを知り尽くした者の犯行だ」
「では、いったい・・・?」
警部が聞く。
「聞き取りをしてみたら、撮影現場では、カメラマンならカメラ、衣装係なら衣装、化粧係なら化粧台、照明なら照明と、それぞれ監視の目があり、互いに姿を見ながら、互いにどこにいたか、見ている。でも、見ていながら動いているから、あやふや。誰かに聞いても、犯行時刻、誰か一人になった者が分からない。しかし、撮影時は、被写体を中心に写真撮影をしており、誰もが互いに、撮影の仕事をしていたのを互いに確認している。仮に、現場スタッフの中で、そうした撮影現場で互いに目につかない者がいたとしたら?と考えると、どうだろう?撮影現場であっても、撮影スタッフとして動かず、誰の目にも止まらない。気にもされない者、その場にいても目立たないで、消えていても気づかれない者。闇の潜んでいてもおかしく思われない者。もし、そういう人間がいるとしたら?」
「それは・・・?」
「もしかして、それは綾乃のマネージャー?」
私が言ったら、探偵は嬉しそうに頷く。
「そういうこと」
「マネージャー。そう言えば、彼にもルミノール反応があり、現場にいたと証言しています。しかし、撮影スタッフから聞いても、あまり彼のことを注目していた者はいませんでした。確かに、アリバイが緩い男ですね。このスタジオのことを良く知る人物でもあり、内部のことも知り尽くした犯人というのにも合っています。被害者とも密に連絡が取れ、二人きりになりやすい。さっそく、事情聴取で聞いてみましょう」
まさか、あの人が?
という犯人だった。マネージャーはモデルの最も信頼する相手だからだ。綾乃も有川マネージャーには信頼を置いていたはず。
その後、警察での事情聴取で、マネージャーは徐々に話し始めた。
「綾乃は忘れていたけど、大学時代、私達は付き合っていたんです。けど、モデルをやり始めてから、綾乃は変わって、別の男のところへ乗り換えた。あちらの方が金持ちだからと。私は失意のどん底で、母の病気の発見が遅れて、亡くし、死なせました。悪いことを起こしたのは、全部、綾乃です。あいつが悪いんです。それで、復讐しようと心に決めて生きて来ました。綾乃の事務所のマネージャーを募集しているのに応募して、綾乃のマネージャーになった。しばらくは、良いマネージャーのふりをして信頼を得て、油断させた。いつかこっそり殺すことを考えていた。あいつは、私がマネージャーとして現れても、気づきもしなかった。殺されて当然です。でも、犯人になって、逮捕されたくなかった。うまくやったつもりだったけど・・」
その後、逃げていた防犯カメラの男が捕まり、浮浪者だったその男は、阿川マネージャーからその日、現れるだけでいいからと、金をもらってやったことだったと白状したことで、有川マネージャーは罪を認めた。