26人目 固有魔法
神格特権。それは真の神に至った者「神格者」にしか渡されない、文字通り神格者の特権行為である。『死者蘇生』『事象改変』『強制支配』の3種類が存在し、その全てを合わせて1日1回しか使用できない。
死者蘇生は、死後5秒以内であればたとえ死んだ者でさえも復活させられる、閻魔大王もビックリの特権である。外傷も全て回復し、魔力も体力も死亡前に体にかかっていた状態異常も回復する。
事象改変は、使用した日の事象を改変する特権である。が、使用した日の神でなければ使用できず、更に神が直接下した事象には使用できない。
強制支配は、任意の対象に対して魔法を貫通、破壊した上で支配する特権。支配した後は24時間の間だけ自由に動かすことができる。支配している間のみ神術を授けたりと、色々なことができる。
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『光と闇が交差する時、世界は輝きを取り戻す。』
時間が進み始め、サルバゼータはハイジュに背を向けて私の方へ歩みを進めていた。その足は全く疲れを感じさせず、「楽勝だった」と言わんばかりに私をじっと睨む。
ハイジュの身に纏う魔力が一気にゼロと化した。サルバゼータはそのことに気づかず、足に魔力を込めて跳ぼうとする。
「……どこに行くつもり?」
しゃがんだ瞬間に、つい今殺したはずの者の声が聞こえる。咄嗟にしゃがんだ時に貯めたエネルギーを殺しながら、更にハイジュと距離を取りながら振り返ると、そこには目を光らせ、口元についた血を親指で擦りとるハイジュの姿があった。
今、サルバゼータは幻を見ているのかと思っている。ついさっき、確実に殺したはず。心臓を突き刺し、絶命した瞬間を目撃してからその場を去ったはず。が、今目の前には、魔力を練り上げ続け、静かな殺意を向ける瞳が見える。
(殺したよな……? いや、殺したはずだ……)
『身体強化・強』
サルバゼータは死からの生還という、今まで見た事のない状況からか、何重にも、自身に身体強化をかける。魔力のリソースを把握せず、ただ、目の前の女を確実に殺すために必要なくらい、身体強化をかける。
(もし、死から何度も復活する魔法を使えるのだとしたら、ベアトリクス様の首にも届きうる存在と化す……)
ベアトリクスと呼ばれる者の安全のため、サルバゼータは最大限の力を込めて戦おうとしていた。が、目の前には、何かわからない物質が周囲で浮かんでおり、それをどんどんと生成している女、エアス・ハイジュがいた。
ハイジュは今、何を生成しているのか大して理解していない。が、とにかくすごそうなものだということは理解している。そのすごそうなもの、アゾットは少量だが、鏃のような鋭い形を成している。
「まあいいや。……殺す」
鋭く向ける眼光の主は、かつてないほどのポテンシャルを体に宿していた。殺した前とは練られていく魔力の質が、目にわかるほどに変わっている。魔力が圧縮される。大量の魔力が濃縮される。魔力の色がさっきよりも濃くなっている。ハイジュはそんな魔力を纏っている。そして、その魔力はアゾットへと姿を変え、サルバゼータに矛先を向ける。
さっき戦った女には、無意識にはできる領域ではない。それはわかっている。じゃあ、上から見てるあの女の仕業か? いや、そこまで考える必要はないだろう。あの女は静観の姿勢を取ってる。あくまでこの女を強くさせるために、俺と戦わせてるんだろう。……「死の淵に立ったら強くなる」みたいなものなのか?
「闇に閉ざされ、其方らは消えゆく魂へと化す。万物は闇に飲まれると、無くなっていくのだから」
『死の暗黒光線』
サルバゼータは魔法陣を大量に生成し、ハイジュに向けて一斉に放った。これまでのハイジュであれば、少なくとも半分はまともに受けるであろう攻撃だった。光線の速度も、殺す前より明らかに速い。
「……舐めてる?」
生成していたアゾットを操作し、真っ直ぐに飛んでくる光線を全て複雑に反射させ、1本の巨大な光線へ姿を変えサルバゼータへ返す。サルバゼータは無数の光線を全て反射させ、1点に収束させたアゾットに意識が行く。
(なんなんだ? あの物質は……?)
すると、反射するために各地に散らばったアゾットがハイジュの周りに再び集まると、そのうちの1つがサルバゼータの喉元へ向かって超高速で放たれる。
(この程度なら魔法で相殺できるか……?)
サルバゼータは詠唱に入ろうとしたが、アゾットが射出される速度と、先があまりにも尖っていることに気づき即座に詠唱を中止し、咄嗟に剣を構えて振り上げる。剣とアゾットはぶつかり、アゾットは打ち上げられる。
サルバゼータは絶句する。ハイジュとは最低でも100mは離れているはずだが、その距離を一瞬で詰め、剣を構えてから振るまでの間に喉元に到達しかけていたことに。それはまるで、空を駆ける戦闘機のようだった。小さな物質かつ地面とは距離が離れていたはずだが、地面はアゾットの進行に沿って抉れていた。
(どういうことだ……!?)
足の踏ん張りがたらず、アゾットが生み出した衝突のエネルギーによって吹き飛ばされる。が、サルバゼータはすぐに着地する。
「遅い」
微かにそう聞こえた。ハイジュはサルバゼータの頭上からアゾットを落とす。そのアゾットは全てさっきのアゾットの鋭利さ、速度と同じであり、このまま戦っていると死ぬと確信した。
『身体強化・強』
サルバゼータは残っている魔力の大半を身体強化に注ぎ、動体視力を上げてアゾットの軌道を読めるように、身体能力を上げてアゾットに打ち勝つ程の肉体へと強化した。上から降り注ぐアゾットを瞬く間に吹き飛ばすサルバゼータは、正面から迫るハイジュに気づいていた。
ハイジュはアゾットの量を増やし、放つ方向も増やしながら近づく。サルバゼータは上方向からではなく、360度様々な方向から迫るアゾットを全て跳ね返さなければならなかった。
(近づいてきている……)
後ろ方向からのアゾットを少し放置し、正面から来るアゾットに全集中するサルバゼータ。足に力を込め、ハイジュの懐に一瞬で入る。
「甘いな」
剣を持っていない左手で拳を作り、鳩尾にアッパーを入れる。ハイジュの体を少し浮かせたサルバゼータは、回し蹴りを背中に叩き込み、地面に叩きつける。爆音と共に、地面には小さなクレーターが形成された。
「何が起こったかよくわかっていないが、死を超えたお前でも、まだ俺には勝てん」
ハイジュの奥の手を正面から打ち砕いたサルバゼータは、そこまで自分に対して殺意を抱くのか、何故そこまでして戦うのか問う。
「お前は何故、そこまで俺を憎む?」
「……家族をカヤラムの軍人に殺されたから」
ここまでして抵抗する理由はない。それはハイジュもサルバゼータもわかっている。ハイジュはせっかく貰ったチャンスを無碍にするような形になるが、それでも諦めるしかなかった。ハイジュには、サルバゼータを殺せるほどの力はなかった。
「家族か……」
サルバゼータはふと、顎に手を当て何かを思い出すように目線を上にあげる。数秒、体が凍ったようにその状態から一切何も動かず、ハイジュは何かおかしいことを言ったかと少し身構える。
「それ、何年前だ?」
「え、9年前……」
すると、サルバゼータは目を見開きハッとした顔をする。何かがわかったのだろうか。
「9年前なら、カヤラム史に残るほどの事件がある」
「カヤラム史に? それってどんな……」
ハイジュは、サルバゼータが言う「カヤラム史に残る程の事件」とは何なのか、それと家族が殺されたことにどんな関係があるのか聞こうとした。
「現政権反対派閥の粛清が行われた『スバル事件』のことだ。粛清の対象区域の大半がスバル地域だったことから、そう名付けられている」
「その事件と時期が一致する……」
「当時、ノースタリッド革命が起こったことで一気に民主化革命論が広がり、それはもちろんカヤラム内でも波及の可能性があった。そこで革命派の拡大を恐れたカヤラム政府は、『政府に逆らうとこのようになる』と見せしめんとばかりに粛清をしたってわけだ」
当時のことを振り返りながら答えるサルバゼータは、倒れているハイジュに向けて次々と話す。
「話は変わるが、カヤラム王家の現状は知ってるか?」
「……知らない」
「そうか。それなら話しておいた方がいいかもな」
眉を顰めるハイジュを他所に、サルバゼータは淡々と話し続ける。
「今、王家には16人の後継者がいる」
「16人……? 15人じゃなくて?」
「だろうな。16人目、ベアトリクス・カヤラムはまだ6歳だ。そして、俺はそのベアトリクス様直属の護衛部隊『陽炎』だ」
「……つまり、あなたはその事件には関係していない?」
「そういうことだな」
サルバゼータはスバル事件において、何も関与していなかった。事件が起こる前にどこへ所属していたかは知らないが、ベアトリクス・カヤラムに仕える陽炎としては全くの冤罪というわけだった。
「ちなみに俺はカヤラムに初めて訪れたのが6年前だ。そんな事件も知ったのは6年前だな」
サルバゼータは再び背を向け、今度はちゃんとその場から去ろうとした。
「これで満足か?」
そう言い残し、まだ身体にかかっていた身体強化・強を使って走り始める。まあ、そんな所で私が逃がす訳もなく。
「はーい、通行止め」
サルバゼータの目の前に瞬間移動すると、何故か知らないがその場に残っていたヘカテーも瞬間移動をする。
「なんでいるの」
「なんとなく」
「怖」
ヘカテーは視線をサルバゼータの方へ改めて向けると、薄く笑みを浮かべる。が、目の奥では全く全く笑っていなく、逆に「何しているんだ」と言わんばかりの冷ややかな視線を向ける。殺意が籠っているとも取れるその目は、一瞬でサルバゼータを恐怖のどん底に叩きのめす。相手が誰だかわかっていないのに。
「君にはあのかわい子ちゃんを指導してくれないといけないのよ。せっかく強い固有魔法与えたんだからさ」
「……誰だお前」
「そこは気にしない」
なんとか勇気を振り絞って聞くが、軽くいなされるサルバゼータ。そんなことはまあ私達にはわかるわけもなく、勢いで話を続ける。
「ハイジュの師匠になれって私言ったからね。覚えてない?」
「拒否権はないってわけか……」
「拒否権というか、……まあ、これ命令だからさ。聞いてもらわなかったら殺すだけだね」
「……結局拒否権ないじゃん」
「確かに」
とりあえずの圧をサルバゼータにかけてみる。力量差をはっきりとさせるために、まあ諦めるであろう魔力を一気に放出し、サルバゼータを戦慄させる。
「……勝てるわけないか」
サルバゼータはUターンし、今現在も倒れ続けるハイジュの元に近づく。
「お前は、王家をひっくり返したいのか?」
「もちろん。全部ぶっ壊したい」
すると、サルバゼータは手を差し伸べる。
「なら、俺と組め」
「……は?」
「詳しいことは後で話す」
「わ、わかった……」
……よし。こうして、無理矢理2人を師弟関係にすることができた。まあ、「無理矢理」だけど。「無理矢理」だけど……。
「じゃ、戻るわ」
「お疲れ〜」
『神界への扉』
ヘカテーは詠唱無しで神界への扉を開くと、颯爽とその場から姿を消した。
「……で、さっきの女は誰だ?」
「ただの友人」




