25人目 冷たい感覚
適正属性は、ほとんどの者が1つしか持っていないが、稀に2つ以上保有する者がいる。2つ持つ者を「二重属性」、3つ持つ者を「三重属性」、4つ持つ者を「四重属性」、5つ持つ者を「五重属性」、6つ持つ者を「六重属性」、7つ全て持つ者を「全能属性」と言う。
現在確認されている最大適正属性保持数は4つであり、五重属性以上は現状観測されていない。異端中の異端であるリーレ・スターベンは全能属性である。
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「……ぁぁっ!!」
「殺すのであれば、殺される覚悟もしなければならない」
サルバゼータは歩きながら、上から冷酷な目でハイジュを見下ろす。身動きのできないハイジュを相手に、恐怖感をジワジワと味わせている。
ハイジュは今、生死の狭間に立たされている。両腕を瞬く間に斬られ、続いて両脚も簡単に切断され、地面に踞るだけ。経験したことのない耐え難い痛みによって、魔力を制御する技術もまともに使えない。動脈から大量の血液が流れ、力尽きるのみである。
「こんな呆気なく、終わるの……?」
強く願った「カヤラムの滅亡」は、カヤラムの関係者1人に簡単に壊された。夢はたった今、潰えそうになる。泡沫の夢は叶うわけがなかった。夢であれほど描いた未来は、邯鄲の枕となって突きつける。
現実に打ちのめされたハイジュは小声で嘆くと、サルバゼータはその嘆きに反応する。
「死っていうのはな、よっぽど有名なやつじゃない限り、だいたいふっとした時に来るもんなんだよ」
依然として見下ろすスタンスは変えず、サルバゼータは手に持っている剣をハイジュの心臓に突き立てる。ハイジュは出血多量により、気力で意識を保つことしかできない。その中、心臓に剣先を突き立てられていることはわかる。
サルバゼータは躊躇うことなく、心臓を一突きする。剣の居場所を確認したハイジュは、口から鮮血を吹き出す。
意識がどんどん遠のいていく。痛さはあまり感じない。出血が多すぎて、まともに考えることもできない。何故だろう。四肢を斬られて、さっきまで痛さに悶えていたはずなのに。今となって、その痛さを感じることができない。けど、心の中で大きな穴がぽっかりと空いたような、そんな気がする。何も感情が消えたわけじゃない。かといって、何か大きなことが起こったわけではない……。いや、違う。この大きな穴は、精神的な穴なんじゃない。物理的な穴でもあるんだ……。
サルバゼータは剣を引き抜き、背を向けて帰ろうと歩き始めた。
私の視界に映った、ハイジュの心臓が剣で潰され、絶命した瞬間。この状況に声にこそ出さなかったが、驚きはしていた。
(まあ……、そんなものなのかな……?)
ここは、昔の価値観が通用するような場所ではないと知っている。「人の命を奪ってはいけません」なんて生易しいことを言っている者はいない。人の命の価値はそこまで高くはない。命の奪い合いを良しとする場所だ。だが、ハイジュがそこまで取り乱して戦うとは思っていなかった。
「あっ……」
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ハイジュが死んだ瞬間、時が止まった。これは「私が結果に対して不満を感じたから」というわけではない。何故止まったのかは私にはわからない。まあ、その犯人なんて今から現れるでしょう。……情けない声を境目に切らないでほしかったよね。
「はぁ……。リーレ、あいつをどうにかしろ」
「あいつ?」
目の前に、知らぬ間にクロノスがいた。まあ、時が止まった世界にクロノスがいるのは、当然と言えば当然ではあるのだが……。
クロノスは私に何か問いかけてくる。内容からして誰かから逃げているような感じなのだろう。……うっすら誰なのか予想できるが。
「あ、リーレじゃん」
クロノスが私の奥を見ている。クロノスの視線に合わせるように振り返ると、そこにはヘカテーがいた。
(……あれ? なんでこの空間で普通にいられるの?)
と思ったが、この魔法バカ女、時間魔法を作ってはクロノスに怒られたりしてるような人だったわ。ということは、クロノスはヘカテーから逃げ切るために、助けを求めて私を時間停止空間に強制的に引き込んだってわけね。
私を引き込んだクロノスは、何とかして逃げたいようにしていた。が、クロノス。私はこういう奴を暗殺してきた過去があるから、言える。
「まあ、だいたいわかったよ」
クロノスの傍に立ち、ヘカテーの方を向かせて言う。
「けど、ノリと勢いだけで乗り切ってきた感じの女は絶対に止められないから。諦めた方がいいよ」
「そ、そうか……」
「それにさ、クロノス。あなた、私よりヘカテーとの付き合い長いでしょ。ちょっとはわかってあげなよ」
「こいつをわからないといけないのか……、無理だな」
「それは激しく同意」
ヘカテーという女神を理解することは、誰であっても無理であろう。気まぐれで魔法を作っては、既存の魔法を潰しては全世界に影響を与えまくるような邪神を。
私もヘカテーの方を向くと、真剣な眼差しでヘカテーが聞いてきた。
「ねぇ、リーレ」
「何?」
「エアス・ハイジュっているでしょ?」
どうやら、ヘカテーの狙いはハイジュのようだ。
意気揚々とやってきたようだが、まだハイジュが死んだことを知らない。もし死んだと知ったら、ヘカテーはどんな表情をするんだろ……。
「あー、死んだね」
「あ、死んだの?」
「丁度今」
「えぇー……」
ヘカテーは後頭部を掻きながら、眉間に皺を寄せる。
「丁度今死んだんだったら、間に合うか」
『神格特権:死者蘇生』
ヘカテーは座ってハイジュの死体にそっと手を添えると、地獄へ向かう具現化した魂が引き止められ、体の中へと引き込まれていく。ヘカテーの瞳は紫色から金色に変化し、空から降り注ぐ一筋の強い光がヘカテーを包み込む。
神格特権、それは神にしか使うことが許されない、文字通り神業。私は初めて見た。いつもふざけてしかいないヘカテーでさえ、今は神々しい気配を身に纏っている。
「よし、じゃあ本題に入りますか」
そう言えば、ヘカテーが何故時を止めてまでこっちに来たのか聞いてなかった。
「あー。そう言えば、何しに来たの?」
「ついさっき、神界で固有魔法の贈呈が決まったのよ。それを直接渡しに来たってわけ」
すると、ヘカテーは膨大な量の魔法式の塊を生成した。魔法の神が圧縮してもバスケットボールくらいの大きさはある。この魔法式を読めるくらいにまで綺麗に並べたら、恐らく最大火力の4倍の魔法式の長さになるだろう。一体どんな固有魔法を生み出したの……? この魔法バカは。
「今回、ちょっと気合い入っちゃったからさ、魔法式の量が多くなっちゃったけど。……まあ、いけるでしょ」
平然と語るヘカテーだが、理解が追いつくわけがない。
私の思考はそっちのけで、ヘカテーは早速ハイジュの体へ固有魔法をブチ込む。その瞬間、時が止まっているはずのハイジュの体が発光する。黄色に発色すると、するとすぐに紫色に、また黄色、紫色と、入れ替わりで発色する。ハイジュの体内にある魔力が魔法式を認識し、体の中へ浸透し、一体化する。
ハイジュの体から手を離したヘカテーは、役目を終わらせたような顔をしてこちらへ歩いてくる。すると、横にいたクロノスが鬼の形相で待機していた。
「どんな魔法渡したの?」
「えーとね、アゾットっていう特殊な魔法物質を展開したり操作したりする魔法」
「そりゃ汎用性が高いことで」
1度聞いただけで詳細は聞いていないが、柔軟な思考力があればかなり使える固有魔法になるだろう。ハイジュにはなくてはならない魔法だということをよーく理解してる、魔法バカ女にしては観察眼がいい専用魔法を作ったよ。
「で、用件は終わったか?」
「あっ……」
やっとクロノスの鬼の形相に気づいたヘカテーだが、もう遅いだろう。クロノスは力いっぱい握りしめた右手を、ヘカテーの顔面に当てるために追いかける。
「じゃ、リーレ!! ばいばーい!!」
急いでヘカテーは神界への扉を開き、神界へ逃げた。クロノスも神界への扉を通り、生命界の時間停止空間にいるのは私だけとなった。……え、私がこれ解除する感じ?
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時間が再び進み始める。
「あの女……、自分の仲間を殺させるために俺とぶつけたのか……?」
サルバゼータは少し離れた私にも聞こえるくらいの大きさで独り言を言う。どうやら、私を遠回しにクソ野郎と言っているのだろう。が、反応する必要はない。何故なら……。
『光と闇が交差する時、世界は輝きを取り戻す。』




